ハワイ島 2013
「週刊新潮」に書いてきた書評で、2013年に読んだ本を振り返っています。
その4月編。
2013年 こんな本を読んできた (4月編)
伊坂幸太郎 『ガソリン生活』
朝日新聞出版 1680円
本書はミステリーの佳作であり、クルマ小説の異色作である。何しろクルマ自体が語り手なのだから。
主人子はマツダのデミオ、色は鮮やかな緑だ。仙台に暮らす大学生・望月良夫と“灰色の脳細胞”を持つ小学生の弟・享が乗ったデミオに、有名女優の翠が勝手に乗り込んできたことから事件は始まる。翠は不倫疑惑でマスコミに追われていたのだ。しかも良夫たちと別れてから数時間後、彼女は不倫相手と共に事故死してしまう。やがて兄弟の前に、この事故を目撃したという芸能記者が現れて・・。
クルマ同士が人間には聞こえない言葉で話をしているという設定が秀逸だ。さらに言語体系が違うのか、ハイブリッドのプリウスも電気自動車のリーフも登場しない。愛すべきアナログであるガソリン車たちのウイットに富んだ会話と、意外な物語展開が楽しめる。
(2013.03.30発行)
増谷和子 『カコちゃんが語る植田正治の写真と生活』
平凡社 1890円
著者は今年生誕百年を迎える前衛写真家・植田正治の長女。植田の代表作に数えられる「カコ」「パパとママとコドモたち」などで被写体となった。本書は自身の少女時代と植田の晩年を軸にした回想記である。
何より著者が体験した撮影現場が興味深い。独特の構図は事前に用意されたものではなく、「カメラを構えると、自然に構図ができちゃう」ものだった。ふだんは冗談ばかり言っている植田が撮影となると真剣で容赦がなくなる。それでいて撮り終わると子どもたちと楽しそうに遊ぶのだ。
またメンズビギの依頼で撮った「砂丘モード」が、妻を亡くして気力を失っていた植田の復活劇だったことも明かされる。実はそこにも“写真する”父を支える家族の姿があった。本書にはこうした一連の代表作だけでなく、貴重な未発表写真も多数掲載されている。
(2013.03.01発行)
福井雄三
『世界最強の日本陸軍~スターリンを震え上がらせた軍隊』
PHP研究所 1575円
本書の目指すところは流布された「陸軍悪玉・海軍善玉」論を覆すこと。日本陸軍の名誉回復である。著者は新たな視点でノモンハンの激闘やシンガポール陥落の意義を探り、返す刀で海軍上層部の戦略と作戦指導を批判する。この国の現在にも繋がる果敢な論考だ。
(2013.03.08発行)
川上未映子 『安心毛布』
中央公論新社 1365円
『発光地帯』『魔法飛行』に続く非日常的な日常エッセイの第3弾。食にまつわるあれこれをはじめ、鋭い五感でキャッチした「ふと気になるもの」を豊かな表現で伝えている。「ふつうに人生を生きてゆくことがすべての人にとっては相も変わらぬ椿事」に納得。
(2013.03.10発行)
高橋源一郎 『国民のコトバ』
毎日新聞社 1680円
若者の活字離れがうんぬんされるが、彼らがネット上で送受信しているほとんどは活字だ。しかし日本語の「とびきり面白く楽しい、不思議な魅力」は知らないかもしれない。「萌えな」ことば、「官能小説な」ことばなど、本書には活字中毒者の愉悦の声が響く。
(2013.03.05発行)
みうらじゅん 『セックス・ドリンク・ロックンロール!』
光文社 1575円
2浪してムサビ(武蔵野美術大学)に入った著者の半自伝的小説だ。主人公の純は京都出身。横尾忠則のような芸術家になりたくて上京してきた。
入学と同時に“ロックな生活”が始まるはずが、入学式に遅刻。女子学生に声をかけられ、アパートまでついて行く。酒に弱いくせに、「ロックといえば酒とタバコ」と信じる純はビールで酩酊。その上、ノーブラにTシャツの彼女が言うのだ。「男と女がいたらセックスしかないだろ」。
また、教室の誰もが「自分は普通の人とは違う」と思い込んでいる中で、断トツの変人が玉手だった。彼と2人で「猫部」なるサークルを創立。クイズ番組への出演からゴジラの着ぐるみ強奪作戦まで、学内外で珍騒動を巻き起こす。
著者の半身ともいえる玉手のキャラクターが秀逸な80年代青春グラフィティだ。
(2013.03.20発行)
今野 浩 『工学部ヒラノ教授と七人の天才』
青土社 1575円
大学の「工学部」とその住人を内側から活写する、実録秘話の最新作である。我が国の工学部の総本山、日本のMITともいわれる東京工業大学に赴任してきたヒラノ教授。そこで見たのは天才という名の奇人、変人たちの生態だった。
登場する7人の天才はもちろん、周辺の人たちも含めて登場人物はほぼ実名だ。数学、ファイナンス、会計学、そして情報システムでもプロ級の知識を持つスーパー・エンジニア、白川浩博士。数学の超難問に挑み続けた後、なぜか良寛研究者になった冨田信夫博士。正義論研究の第一人者だった藤川吉美助手は、転出後数年で大学学長に就任する。
そして東工大の大スターだった江藤淳教授の、大学人としての常人離れした行動の数々が明かされているのも本書の特色だ。天才たちへの敬愛と哀惜に満ちた人間図鑑というべき一冊。
(2013.04.01発行)
片山 修 『「スマート革命」で成長する日本経済』
PHP研究所 1785円
震災後、エネルギーの有効活用は焦眉の課題となった。そこで注目されているのがスマートグリッド。情報通信技術で電力の需要と供給のバランスをとる、次世代型エネルギーシステムだ。本書は、自動車から住宅まで豊富な事例を紹介する新産業ドキュメントである。
(2013.04.04発行)
中野 翠 『この世は落語』
筑摩書房 1575円
いつも落語のCDを聴きながら眠りにつくという著者。本書は名作落語の世界を題材にしたエッセイ集だ。酒呑みの気持ちと「芝浜」、懐かしの居候と「湯屋番」、圓生の計算が冴える「死神」などが語られる。巻末には、朝日名人会プロデューサー京須偕充との対談も。
(2013.03.20発行)
大竹 聡 『ギャンブル酒放浪記』
本の雑誌社 1680円
競馬、競輪、競艇、オートの開催場を訪ねて投票する。当たってもハズれても近くの酒場で飲むという、実に罰当たりな鉄火場紀行だ。著者は「酒とつまみ」初代編集長。多摩川にはじまり、船橋、松戸、前橋と、予想と結果を公開しながら「飲む打つ飲む」旅が続く。
(2013.03.20発行)
石田 千 『役たたず、』
光文社新書 819円
著者はここ数年の小説「あめりかむら」と「きなりの雲」が連続して芥川賞候補となった注目の作家だ。日常の中の発見や驚きを、ユーモアを交えて綴った連載エッセイが一冊になった。原節子の『めし』、ヘプバーンの『いつも二人で』などを例に挙げ、「ほんとの恋は、マンネリ峠を越えてから」と名言を吐く。
また、ふられた若い人ともつ焼きを食べに行けば、「しっかりしなさんな」と励ます。独力で乗り切れる安泰はすでになく、他人に任せることのできない人は信頼されないからだ。これまた見事な卓見である。
(2013.03.20発行)
江上 剛 『慟哭の家』
ポプラ社 1680円
千葉県北西部の団地で起きた殺人事件。57歳の押川透が妻と息子を刺殺し自分も死のうとしたが果たせず、警察に通報してきたのだ。しかし、それは単なる無理心中ではなかった。
国選弁護人を引き受けた長嶋駿斗は、拘置所で面会した押川から意外なことを言われる。「弁護士を必要としていません。すぐ死刑にして欲しいのです」
押川が殺した28歳の息子はダウン症だった。その世話は大変だったが、同じような子供のいる家庭は多い。では、なぜ押川は凶行に及んだのか。いとこで新聞記者である七海の協力を得ながら真相を探っていく駿斗。やがて裁判が始まった。
本書はもちろんフィクションだが、知的障害者を取り巻く環境や家族の問題は辛くなるほどリアルで切実感がある。愛情や博愛主義など精神論だけでは乗り越えられない現実に、鋭いメスを入れた問題作だ。
(2013.02.13発行)
浅野温子
『わたしの古事記~「浅野温子 よみ語り」に秘めた想い』
PHPエディターズ・グループ
女優である著者は國學院大学客員教授としても活躍している。さらに日本の古典にオリジナル解釈を加え、現代語で脚色した物語を読み語る活動を10年にわたって続けてきた。本書では、一人語りの舞台「浅野温子よみ語り」を再現しつつ、読者を「古事記」の世界へと案内してくれる。
たとえばイザナギとイザナミを通じて語られるのは夫婦の絆だ。現世と黄泉の国の境界で別れる神たちから、互いに「やりきった」男女が次のステップへ向かう覚悟を学ぶ。またアマテラスと企業の第一線で働くキャリアウーマンを重ねて、葛藤や失敗にもひるまない生き方を探っている。
物語の原点としての「古事記」が、いかに現代人の日常と深く関連するテーマを内包しているのかを知り、驚かされる。行間から著者の“よみ語る”声が聞こえてくる、癒しの一冊だ。
(2013.03.18発行)
島 朗 『島研ノート 心の鍛え方』
講談社 1470円
著者は棋士九段で、将棋研究会「島研」の主宰者。羽生善治、森内俊之、佐藤康光の卓越した技術と精神を熟知する男でもある。羽生の強さは「弱点だけでなく長所をつかませないこと」。また「局面の可能性を常に探す習性」にも注目する。将棋ファン必読の一冊だ。
(2013.03.28発行)
下重暁子 『この一句~108人の俳人たち』
大和書房 1680円
江戸時代から現代まで、著者が選んだ俳人108人が並ぶ。見開きの右ページに3句、左には達意の解説。芭蕉、一茶はもちろん、岸田今日子、小沢昭一、和田誠の作も味わえる。俳句が形やテーマにも縛られない自由な表現の場であることがよく分かる。
(2013.03.30発行)
石山智恵 『女子才彩 わたし色の生き方』
PHP研究所 1575円
著者がキャスターを務める番組『女子才彩』は、各界で活躍中の女性に密着取材とインタビューで迫るドキュメンタリーだ。本書には江戸指物師から町工場社長まで、著者が出会った多彩な12人が紹介されている。共通するのは、自分だけの何かを大切にする意志だ。
(2013.04.19発行)