日刊ゲンダイに連載している「TV見るべきものは!!」。
24日掲載分で、今年はラストです。
ということで、「今年のテレビ界を総括する」内容の年末拡大SPとなりました。
視聴者に
「しょせんテレビはこんなもの」と
思わせていないか
「しょせんテレビはこんなもの」と
思わせていないか
日本でテレビ放送が開始されてから60周年を迎えた2013年。将来編まれる放送史には、「あまちゃん」(NHK)と「半沢直樹」(TBS)の年だったと記されるはずだ。近年その凋落ぶりばかりが話題となっていたテレビだが、中身によっては見る人たちの気持ちを動かせることを再認識させた意義は大きい。
しかし、その一方でテレビが自らの首を絞めるような不祥事も多かった。まず、ガチンコ対決を標榜してきた「ほこ×たて」(フジテレビ)のヤラセ問題だ。「どんな物でも捕えるスナイパー軍団vs.絶対に捕らえられないラジコン軍団」で、対決の順番を入れ替えるなど偽造を施していたのだ。また、猿とラジコンカーの勝負では、猿の首に釣り糸を巻いてラジコンカーで引っ張り、猿が追いかけているように見せていたという。特に後者は動物虐待でもある悪質な演出だ。
さらに問題なのは、過去の真剣勝負まで疑いの目で見られたことだろう。町工場の職人技など、「モノづくり日本」の底力をバラエティーの形で見せてきた功績も、視聴者を裏切る形で損なわれてしまった。一連の背後には、かつての「発掘!あるある大事典Ⅱ」(関西テレビ)のデータねつ造事件と同様、テレビ局と制作会社の関係における構造的な問題も存在する。BPO(放送倫理検証機構)はこの件の審議入りを決めたが、ぜひ深層にまでメスを入れて欲しい。
次に、テレビ朝日のプロデューサーによる1億4千万円の横領事件。制作会社に架空の代金を請求するという、あまりに古典的かつ不用意な手口と金額の大きさに呆れるばかりだ。新2強時代といわれ、視聴率で日本テレビとトップ争いをするまでになったテレビ朝日のイメージダウンだけでなく、テレビ業界全体の体質とモラルが疑われる事件だった。
また、今年はみのもんたの番組降板騒動もあった。本人は降板の理由を、次男が窃盗未遂容疑で逮捕されたことによる「親の責任」に限定していたが、それだけではないことを視聴者は知っている。社長を務める水道メーター会社が関わった談合問題、取材対象でもある政治家たちとの近い距離、度重なるセクハラ疑惑など不信感の蓄積があったのだ。
同時に、視聴率を稼ぐタレントであること、局の上層部と関係が深いことなどから、毅然たる判断を保留し続けたTBSに対しても視聴者は冷ややかな目を向けた。前述のヤラセ問題や横領事件などと併せて、「しょせんテレビはこんなもの」と思わせてしまったことは、身から出たサビとはいえ残念でならない。
最後に特定秘密保護法である。正面切ってこの悪法に反対したテレビ局があっただろうか。いや、百歩譲って、この悪法の問題点をどこまで本気で伝えただろうか。報道機関として自身も多くの制約を受けることよりも、政権や監督官庁の顔色を気にして鳴りを潜めていたとしか言いようがない。こうした態度もまたテレビへの不信感を助長させるものだ。
「あまちゃん」と「半沢直樹」で、一時的とはいえ輝きを見せたテレビ。来年の盛り上がりが、ソチオリンピックとワールドカップ・ブラジル大会だけでないことを祈りたい。
(日刊ゲンダイ 2013.12.24)
今年観た映画の中で、強く印象に残った作品の一つが、是枝裕和
監督の『そして父になる』です。
学歴、仕事、家庭といった自分の望むものを自分の手で掴み取ってきたエリート会社員・良多(福山雅治)。自分は成功者だと思っていた彼のもとに、病院から連絡が入る。それは、良多とみどり(尾野真千子)との間の子が取り違えられていたというものだった。6年間愛情を注いできた息子が他人の子だったと知り、愕然とする良多とみどり。取り違えられた先の雄大(リリー・フランキー)とゆかり(真木よう子)ら一家と会うようになる。血のつながりか、愛情をかけ一緒に過ごしてきた時間か。良多らの心は揺らぐ……。
赤ちゃんの取り違え。
あり得ることですが、あってはならないし、でも起きた時には、どうしたらいいのか。
平穏に暮らしていた2組の夫婦が、それぞれの家庭が崩壊するような状況に、突然直面する。
子どもたちのために、という思いが深いからこそ、迷うし、悩む。
観る側もまた、家族や家庭って何だろう、と考えながらスクリーンを見つめる。
“正解”はあるのか、ないのか。
登場人物、特に主人公が、じわじわと成長していく姿が描かれていたことが良かった。
だからこそ、最後に彼らが出した結論に、その選択に、納得する自分がいた。
きっと、それでいいんだ、と。
今年、まるでこの映画と同じような出来事がありました。
ある60歳の男性が、60年前の昭和28年、生まれた病院で別の赤ちゃんと取り違えられたとして、病院を開設した東京・墨田区の社会福祉法人「賛育会」を訴えていたのだ。
11月になって、東京地方裁判所は、DNA鑑定の結果から取り違えがあったことを認め、合わせて3800万円を支払うよう命じたことが報じられた。
現実の出来事というだけでなく、「全く別の人生(経済的にも苦しい生活)を余儀なくされた」ことを理由に訴訟が起きていたことに驚いた。
この判決についてうんぬんはしないが、ただ、「男性が事実関係を知ったとき、実の両親はすでに亡くなっていた」と聞いて、どこかほっとしたのも事実だ。
もし取り違えがなかったとしたら、あり得たかもしれない、もう一つの別の人生。
確かにそうかもしれない。
でも、それを思うことが、60年生きてきた自分を否定することになるのか、ならないのか。
映画『そして父になる』が、あたかも現実を呼び寄せたようで、これもまた是枝監督のチカラかもしれない、と思ったりした出来事でした。
<このブログ内での関連記事>
2013年05月30日
日刊ゲンダイで、「そして父になる」是枝監督についてコメント
http://blog.goo.ne.jp/kapalua227/e/380c75a0914223a0911f5703aee4f836
ハワイ島 2013
毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、今年読んできた本を振り返っています。
以下は、3月分です。
(文末の日付は本の発行日)
2013年 こんな本を読んできた (2月編)
真保裕一 『ローカル線で行こう!』
講談社 1575円
地方鉄道の再生物語とミステリーが融合した長編小説である。舞台は廃線寸前の赤字ローカル線「もりはら鉄道」。県庁から出向して副社長を務める鵜沢哲夫と、新幹線の車内販売員から社長に抜擢された篠宮亜佐美が主人公だ。
利用者の気持ちを熟知する亜佐美は次々と集客イベントを仕掛けると同時に、社内の淀んだ空気も変えていく。タイミングを見て、もり鉄に引導を渡す役割を帯びていた鵜沢だけでなく、株主である銀行や県庁側もその成果に驚かされる。
一方、自力再生の努力に水を差すような、運行妨害や駅舎の火災など不審な出来事が多発する。明らかにもり鉄を潰すことが狙いだ。誰が、何を目的に仕掛けているのか。存続を賭けた最後のイベント「もり鉄祭り」が刻々と迫る。それは鵜沢と亜佐美、それぞれの人生の勝負所でもあった。
(2013.02.12発行)
沢木耕太郎 『キャパの十字架』
文藝春秋 1575円
写真の歴史の中に燦然と輝く一枚。ロバート・キャパという戦場カメラマンの名を世界的なものにした記念碑的作品。それがスペイン戦争時に撮影された「崩れ落ちる兵士」だ。共和国軍兵士が反乱軍の銃弾に当たって倒れる決定的瞬間を捉えて、この戦争を象徴するビジュアルとなった。
しかし、あまりに奇跡的なタイミングでシャッターが切られていることで、この写真をめぐる真贋論争が長く続いてきた。フェイクかポーズか。本当に撃たれた瞬間なのか。もしくは、キャパがとんでもない僥倖にめぐまれたのか。
著者はその真実を探るべく、スペインをはじめ各地を取材して歩く。現地、そして現場に立ってこそ見えてくるものがあるからだ。やがて仮説が確信に変わる瞬間が訪れる。キャパという神話に新たな光を当てる、驚きの結論とは・・・。
(2013.02.15発行)
平松洋子 『小鳥来る日』
毎日新聞社 1575円
第28回講談社エッセイ賞、受賞第1作である。いつもの喫茶店で耳にした若いカップルの会話。レースのすきまの意味。グレン・グールドの椅子。「せっかくだから」という言葉の魔法。日常の中の小さな気づきや再発見が人生のスパイスとなることを教えてくれる。
(2013.01.30発行)
東浩紀 『東浩紀対談集 震災ニッポンはどこへいく』
ゲンロン 1890円
本書のベースは生放送のWEB対談番組「ニコ生思想地図」。鼎談を含む12の対談を再録している。ゲストは猪瀬直樹、高橋源一郎、津田大介などだ。テーマは震災復興から文学、さらに憲法改正まで。東日本大震災がこの国の言論や文化に与えた影響を概観できる。
(2013.02.01発行)
ナンシー関 『ナンシー関の名言・予言』
世界文化社 1260円
没後10年を過ぎても、こうして“新刊”が出続ける。ナンシー関がいかにオリジナルな存在だったのかが分かる。「10年後、ヤワラちゃんは選挙に出ている」。著名人の本質を描いた消しゴム版画と寸鉄人を刺すコラムは、まるで悪魔の予言のように今を映している。
(2013.02.01発行)
奥田英朗 『沈黙の町で』
朝日新聞出版 1890円
朝日新聞に連載当時から話題を呼んだ問題作である。舞台は地方都市。ある夏の夜、中学校で2年生の名倉祐一の遺体が発見される。裕福な呉服店の一人息子で、そのことをどこか鼻にかける癖があり、クラスでもテニス部でも浮いた存在だった名倉。部室の屋上からの転落死だった。
人間関係が都会とは比較にならないほど緊密な小さな町。学校はまさに社会の縮図であり、誰も逃げ場がない。やがていじめ問題が明らかになり、同級生4人が逮捕・補導される。親も教師も激しく動揺するが、警察に対して彼らは多くを語ろうとしない。大人との距離感。自我の葛藤。14歳は微妙な年代である。
名倉の死は本当に他殺なのか、それとも自殺だったのか。物語は少年たちとその親、教師や警察など複数の視点を交錯させながら、驚きの結末へと進んでいく。
(2013.02.28発行)
大谷昭宏 『事件記者という生き方』
平凡社 1680円
元読売新聞記者で現在はテレビを中心に活躍する著者。本書は半世紀近いジャーナリストとしての軌跡を振り返る自伝的エッセイだ。
「私は生まれたときから新聞記者になろうとしていた」という著者にとって、徳島支局を経て着任した大阪本社社会部は理想の舞台だった。黒田清が率いる、いわゆる「黒田軍団」のメンバーとして数々の事件に遭遇する。総力戦となった三菱銀行人質事件。報道協定に関する課題を残したグリコ・森永事件。現場で事件記者は何を考え、どう動くのかが明かされるだけでなく、警察や報道のあり方も検証されている。
本書で一貫しているのは、多くの人にメディアやジャーナリズムに興味を持ってもらいたいという熱い思いと、取材のプロとしての矜持だ。「悩んだら、なぜその職業を選んだのかを考えろ」の言葉が印象に残る。
(2013.02.25発行)
藤田宜永 『探偵・竹花 孤独の絆』
文藝春秋 1575円
私立探偵・竹花シリーズの最新連作集だ。還暦を迎えてもクールな竹花だが、「サンライズ・サンセット」ではある男から10年前に家を出た娘を探すよう頼まれる。だが途中で彼が本物の父親ではないことがわかり・・。他の3篇も他者との繋がりをめぐるほろ苦い物語だ。
(2013.02.25発行)
一橋文哉
『マネーの闇~巨悪が操る利権とアングラマネーの行方』
角川oneテーマ新書 1575円
『人間の闇』『国家の闇』に続く闇シリーズ最新作。犯罪の陰で動くカネとそこに群がる人間の欲望にスポットを当てる。旧満州に始まるカネと権力の流れ。やくざ社会の近代化。さらに国際的錬金術からサイバー犯罪まで。戦後日本が歩んだ暗黒の歴史が解明される。
(2013.01.10発行)
北海道新聞社:編 倉本聰:監修 『聞き書き 倉本聰ドラマ人生』
北海道新聞社 1680円
名作ドラマ『北の国から』の放送開始から30年。1年半に及ぶインタビューを基にまとめられた本書では、その生い立ちから創作の裏側、北海道での生活や環境問題までを語り尽している。また勝新太郎、石原裕次郎などをめぐる、倉本聰ならではの俳優論も貴重だ。
(2013.02.20発行)
福田和也 『二十世紀論』
文春新書 788円
見えづらい「これから」を考えるために20世紀を総括する。極めて野心的な一冊だ。戦争と人間性の意味を変えた第一次世界大戦。西洋列強による植民地体制を解体した第二次世界大戦。そして究極の総力戦としての米ソ冷戦。まさに戦争の世紀だったことがわかる。
著者は、これからの日本が進むべき道として、世界情勢の客体ではなく主体となり、自ら「治者としての気概と構想」を持たねばならないと説く。アメリカが頼れる存在ではなくなった今、「保護してもらえない被治者」ほど惨めなものはないからだ。
(2013.02.20発行)
葉真中 顕 『ロスト・ケア』
光文社 1575円
第16回日本ミステリー文学大賞新人賞に輝いたのが本作だ。ベースとなっているのは介護問題である。
物語は43人もの人間を殺害した犯人<彼>に、死刑判決が下される場面から始まる。そこから時間を遡り、複数の語り手が登場する。検事、介護センターの従業員、介護企業の営業部長、母親の介護に疲れたシングルマザー、そして<彼>。やがて殺人事件が起きる。
この小説の主な時代設定は2006年から翌年にかけてだ。それは介護サービスのコムスンが介護報酬の不正請求問題を起こして、厚生労働省から処分を受けた時期と重なる。事件としては人々の記憶から遠くなったが、露呈した介護問題は現在も進行形のままだ。
家族という小さな単位に重い負担がのしかかる介護。本書は現実の事件も取り込みながら、生きることの意味を問う作品となっている。
(2013.02.20発行)
内田樹・岡田斗司夫 『評価と贈与の経済学』
徳間書店 1000円
現在多くの支持を集める論客の一人で、思想家にして武術家の内田。サブカルチャーに精通し、オタキング(おたくの王様)と呼ばれる岡田。異色の組み合わせで、社会や経済の新たな見方を提示する対談集だ。
表向きは岡田が敬愛する内田の胸を借りる形をとりながら、実は岡田による鋭い分析が連打される。群れをなしているはずが、何かあれば一瞬で散らばる「イワシ化する社会」。若者たちの仕事や恋愛に対するスタンスを象徴する「自分の気持ち至上主義」などだ。
一方の内田は、人の世話をするのは、かつて自分が贈与された贈り物を時間差で返すことだという「贈与と反対給付」の経済論を展開。岡田の「評価経済」という考え方と相まって、本書の読みどころの一つになっている。その延長上にある「拡張型家族」の提唱もまた刺激的だ。
(2013.02.28発行)
曽野綾子 『不幸は人生の財産』
小学館 1575円
『週刊ポスト』に連載中のエッセイ「昼寝するお化け」、その2年半分が一気に読める。「国家に頼るな」「人生は収支のバランス」などのメッセージに背筋を伸ばし、「最善ではなく次善を選ぶ」ことの大切さをあらためて知る。ブレない人は物事の本質を突く。
(2013.02.26発行)
中村好文 『建築家のすまいぶり』
エクスナレッジ 2520円
著者は「住宅の名手」といわれる建築家だ。注目すべき同業者たちが自らのために作った家とはどんなものなのか。全国各地の24軒を巡った訪問記である。共通するのは家にテーマがあること、自然体で暮らせること、そして美しさ。それは著者の文章にも通じる。
(2013.02.28発行)
南波克行:編 『スティーブン・スピルバーグ論』
フィルムアート社 2730円
スピルバーグは40年にわたり映画界をリードしてきた。その作品世界を子供、歴史、戦争、コミュニケーションなど複数の視点から分析した初の総論集。『バック・トウ・ザ・フューチャー』シリーズについて、ゼメキス監督を交えた鼎談で語られる製作秘話も貴重だ。
(2013.02.25発行)
いとうせいこう 『想像ラジオ』
河出書房新社 1470円
東日本大震災から2年が過ぎた。地震や津波を取り込んだ形の文芸作品がいくつも生まれたが、これほどのインパクトを持つものはなかったのではないか。
主人公はラジオパーソナリティのDJアーク。被災地から不眠不休で放送を続けている。しかし、そのおしゃべりや音楽を聴こうとラジオのスイッチを入れても無理だ。彼自身が言うように、「あなたの想像力が電波であり、マイクであり、スタジオであり、電波塔であり、つまり僕の声そのもの」なのだ。
想像ラジオにはリスナーからのメールも届く。「みんなで聴いてんだ。山肌さ腰ばおろして膝を抱えて、ある者は大の字になって星を見て。黙り込んで。だからもっとしゃべってけろ」。
DJアークは話し続ける。遠くにいる妻や息子を思い、聴いている無数の人たちの姿を想像しながら。
(2013.03.11発行)
立花 隆 『立花隆の書棚』
中央公論新社 3150円
「本の本」としては突出した一冊である。厚さは5センチ。小さなダンベル級の重さ。全ページの3分の1近くを占めるカラーグラビア、それも本棚ばかりの写真だ。膨大な本が置かれた自宅兼仕事場(通称ネコビル)をはじめ、所蔵する本が並ぶ“知の拠点”が一挙公開されている。
読者は写真を見ながら内部を想像しつつ、この館の主の話に耳を傾ける。まず驚くのは、医学、宗教、宇宙、哲学、政治など関心領域の広さだ。各ジャンルのポイントとなる書名を挙げながらの解説がすこぶる興味深い。
だがそれ以上に、時折り挿入される「本の未来」や「大人の学び」についての言葉が示唆に富む。「現実について、普段の生活とは違う時間の幅と角度で見る。そういう営為が常に必要なんです」。それを促してくれるのが紙の本なのだ。
(2013.03.10発行)
森 功 『大阪府警暴力団担当刑事~「祝井十吾」の事件簿』
講談社 1500円
祝井十吾とは大阪府警の暴力団捜査を担うベテラン刑事たちの総称で、著者が名づけた。ここには彼らが追い続けた注目の案件が並ぶ。島田紳助の引退、ボクシング界の闇、梁山泊事件等々。その背後にある暴力団の狙いと動きが著者の徹底取材で白日の下にさらされる。
(2013.03.10発行)
山田健太
『3.11とメディア~徹底検証 新聞・テレビ・WEBは何をどう伝えたか』
トランスビュー 2100円
「ジャーナリズムの基本は、誰のために何を伝えるかである」と専修大教授の著者。では、あの地震、津波、原発事故を、当時この国のメディアはどう伝えたのか。そして何が伝わらなかったのか。それはなぜなのか。冷静な分析と秘めたる怒りが印象的な労作評論である。
(2013.03.05発行)
貝瀬千里 『岡本太郎の仮面』
藤原書店 3780円
巨匠にして永遠の異端児、岡本太郎。晩年の彼は仮面や顔を描き続けた。しかしその評価は決して高くない。では、なぜそれにこだわったのか。著者は作品と思想に浮かび上がる仮面・顔と、その思想形成の軌跡を追う。行き詰った現代を鼓舞する太郎の意志とは?
(2013.03.10発行)
宇野常寛 『日本文化の論点』
ちくま新書 756円
気鋭の評論家による現代文化論。現在、戦後的なものの呪縛から解かれた、もう一つの日本が立ち現われつつあると言う著者が挙げるキーワードが、「日本的想像力」と「情報社会」である。登場するのはAKB48、ニコニコ動画、ボーカロイドなど、ポップカルチャーの様々なシーンだ。
そこにはコンテンツを受け取るだけでなく、「打ち返す」「参加する」快楽がある。注目すべきは、コンテンツを媒介とするコミュニケーションの価値なのだ。ネットが発見した「あたらしい人間像」が、これからの社会をどう動かすのか。
(2013.03.10発行)
ハワイ島 2013
毎週、「週刊新潮」に書いてきた書評で、今年読んできた本を振り返っています。
その2月編。
(文末の日付は本の発行日)
2013年 こんな本を読んできた (2月編)
佐川光晴『山あり愛あり』
双葉社 1575円
環境事業などに市民が融資する金融機関がNPOバンクだ。まだ世間に十分知られていない取り組みから、この長編小説が生まれた。
主人公の大鉢周三は大手銀行を早期自主退職する。かつての趣味は登山で、信州の高校時代、また北海道の大学でも続けたが、銀行マンになってからは封印していた。ようやく再開と思った矢先、敬愛する弁護士に頼まれ、母子家庭を支援するNPOバンクの設立に関わることになる。
現実にシングルマザーの貧困率は6割以上だ。低賃金の非正規労働に就きながらの子育ては彼女たちに重い負担を強いている。バンクが果たす役割は大きい。
周三の任務は、大物ミュージシャンの枝川に1億円の出資と顧問就任を了承させることだ。しかし枝川を説得するのは簡単ではない。また周三の身辺にもある危機が迫っていた。
(2013.01.10発行)
石村博子
『孤高の名家 朝吹家を生きる~仏文学者・朝吹三吉の肖像』
角川書店 1890円
仏文学者・朝吹三吉の人物像を描くと共に、朝吹家という文化的一族の歴史を掘り起こした、力作ノンフィクションである。
朝吹三吉はジャン・ジュネ『泥棒日記』の翻訳家として知られる。祖父は三井系企業の重役。父も実業家であり、家は裕福だった。幼稚舎からの慶應育ち。1930年代に渡仏し、どん欲に知識を吸収する。
そんな三吉から強い影響を受けたのが、後にサガン『悲しみよ こんにちは』などを翻訳する妹の登水子だ。三吉の息子は詩人で仏文学者の朝吹亮二。その娘が『きことわ』で芥川賞を受賞した朝吹真理子である。
著者が発掘した新たな資料と関係者への取材から浮かび上がるのは、社会の表舞台に立ったり名前が広まったりすることを避けながら、フランスとその文化を愛し抜いた稀代のディレッタントの相貌だ。
(2013.01.10発行)
高瀬 毅 『本の声を聴け~ブックディレクター幅允孝の仕事』
文藝春秋 1943円
ブックディレクターとは、いわば「本棚の編集者」だ。あるテーマに沿って本を並べることで、本たちに新たな関係性と意味を与える。病院から美容室まで、本が置かれたあらゆる場所が仕事の舞台だ。日本でただ一人のブックディレクターの歩みと現在に迫る。
(2013.01.15発行)
岡野守也 『ストイックという思想』
青土社 2310円
古代ローマ皇帝のマルクス・アウレーリウスが著した『自省録』。変化への対応、公務を大切にすること、さらに全てを受け入れる覚悟など、現代人にも有効な知恵の宝庫だ。ストイシズムを「真摯に生きること」と解釈する著者の先導で、快楽主義の次が見えてくる。
(2013.01.20発行)
古田博司 『「紙の本」はかく語りき』
ちくま文庫 924円
PR誌『ちくま』に連載された読書エッセイ「珍本通読」が文庫オリジナルとして登場。古今東西、様々なジャンルの本がもたらす愉しみが語られる。またネット時代だからこそ、検索結果を判断する力を書物で養う必要があるという著者の主張も納得だ。
(2013.01.10発行)
相場英雄 『血の轍(わだち)』
幻冬舎 1575円
「震える牛」の著者による最新警察小説だ。一つの殺人事件をきっかけに始まる、刑事部対公安部の凄まじい暗闘が描かれていく。
警察車両に乗った捜査一課長・海藤の耳に無線が飛び込んでくる。公園で変死体が発見され、それが元刑事の香川と判明したのだ。現場に急行しようとしているのは一課の兎沢だった。
続いて海藤の携帯電話が鳴る。公安総務課の志水からで、香川の死を確かめようとしたらしい。兎沢と志水は同じ時期に海藤の部下だった。今は全く別の道を歩んでいる2人が海藤の前で交差する。
香川の死因は絞殺だった。退職後はデパートの保安員をしていた男が、なぜ殺されたのか。そこには香川がつかんだ警察内部のある情報がからんでいた。犯人を追う刑事たち。その前に立ちはだかる公安。男たちの運命も急転回していく。
(2013.01.25発行)
小林信彦 『私の東京地図』
筑摩書房 1680円
著者には、「私説東京繁盛記」「私説東京放浪記」など東京を題材とした好書がある。本書もまた<故郷としての東京>と<時代観察者が見た東京>が交錯する重層的な街エッセイだ。
日々変貌を続ける東京の街。しかし著者には現在の街並みの向こうに“昭和の東京”が見えている。六本木はかつて「都内最大の米軍基地」の街であり、ハンバーガーと店先の日本刀がそれを象徴していた。また60年代の渋谷は安い食べ物屋が並ぶ学生の街だった。
そして新宿。著者が最もページ数を割いているのがここだ。歌舞伎町という一見奇異な名称の由来にはじまり、おびただしい映画館が並ぶキネマの街だったことが語られていく。「私のようなタイプの東京の人間は、東京が無理に変化をさせられるのをきらう」と著者。その絶妙な距離感も本書の読みどころの一つだ。
(2013.01.10発行)
福田和也 『「贅」の研究』
講談社 1890円
大人の男は日常の中にこそ美学が必要だ。カメラや眼鏡、床屋からとんかつまで、本誌コラム「世間の値打ち」の著者が自ら選んだ人、モノ、店が並ぶ。「要するに贅沢品というのは、銀座とその周辺―日本橋とか―にしかない」という“発見”にも納得がいく。
(2013.01.31発行)
斎藤美奈子 『名作うしろ読み』
中央公論新社 1575円
名作と呼ばれる文学作品の「書き出し」はよく知られている。では、最後の文章を記憶しているだろうか。本書は逆転の発想による異色の文学案内である。ラストの一文から見えてくる名作の全体像と作者の実相。再読してみたくなる本の数に、ため息が出るはずだ。
(2013.01.25発行)
コロナ・ブックス編集部 『作家の犬2』
平凡社 1680円
写真と文章で楽しむ「作家の愛した動物たち」シリーズの最新刊だ。小説家の家で暮らす犬が語り手だった井上ひさし「ドン松五郎の生活」。一人っ子で寂しがり屋の寺山修司は犬を愛し続けた。逆に犬が苦手だった芥川龍之介や太宰治のエピソードも可笑しい。
(2013.01.25発行)
杉田 敦 『政治的思考』
岩波新書 756円
政権が変わったからといって、混迷の時代が終わるわけでも、政治的不信が払拭されたわけでもない。ならば、今こそ政治についてその根本から考えてみる必要があるのではないか。本書は気鋭の政治学者による「政治の整理学」である。
決定、代表、討議、権力、自由、社会、限界、距離の全8章から見えてくるのは、「複雑で先を見通せない不透明性の世界の中に、政治はある」という事実だ。そこには困難と可能性が同居している。「政治こそが」と信じる人も、「政治なんて」とうそぶく人も、一読する価値のある一冊だ。
(2013.01.22発行)
辻原 登 『冬の旅』
集英社1680円
罪を背負った男の人生の軌跡と、絶望の果てにある悲しすぎる救い。シューベルトや立原正秋を想起させるタイトルに、著者の自信がうかがえる意欲作だ。
2008年6月、滋賀刑務所から一人の男が出てくる。5年の刑期を終えた緒方隆雄だ。見張り役とはいえ、強盗致死事件の犯人の一人だった。母親と二人暮らしの緒方は、姫路の高校を卒業すると京都ある専門学校へと進んだ。ぼんやりとシステム・エンジニアをめざしていた、ごく平凡な少年の道はどこでねじ曲がってしまったのか。
出所後の緒方と、事件に至るまでの回想が交差し、徐々に過去が明らかになる。それは社会の片隅に生きる男や女と出会うたび、自分の居場所を見失った転落のプロセスだ。物語は阪神・淡路大震災、そして東日本大震災も取り込みながら、驚きの終局へと向かう。
(2013.01.30発行)
ジョン・アップダイク 若島正:編訳、森慎一郎:訳
『アップダイクと私~アップダイク・エッセイ傑作選』
河出書房新社 2520円
『走れウサギ』4部作などで知られるアップダイク。本書は彼のエッセイや書評を集めたアンソロジーだ。書かれた文章は対象が本であれ映画であれ、テーマと視点と表現のマッチングが見事で読みごたえがある。
中でも書評は1篇ごとの字数も多く、アップダイク自身の文学観にも触れることができる。また、夏目漱石『吾輩は猫である』や谷崎潤一郎『吉野葛』など日本文学にも言及しており、特に村上春樹『海辺のカフカ』に関する考察が興味深い。「読み出すと止まらぬおもしろさ、しかもとことん形而上的な幻覚剤めいた小説」だとして、『源氏物語』と対比していくのだ。
巻末の解説に書評家としての規律が記されている。「著者が狙っていないことを達成できなかったからといってけなしてはいけない」の一文が彼の真摯な姿勢を物語っている。
(2013.01.30発行)
ウンベルト・エーコ :著 リッカルド・アマデイ:訳
「歴史が後ずさりするとき~熱い戦争とメディア」
岩波書店 3045円
小説『薔薇の名前』で知られる著者は世界的な記号論学者であり、優れた批評家でもある。モットーは「積極的反感」。娯楽化するばかりのメディアにも、検閲的な措置をとる政治にも堂々と物申している。学際的知識を背景にしながら平易な語り口が魅力的だ。
(2013.01.24発行)
円堂都司昭 『ディズニーの隣の風景~オンステージ化する日本』
原書房 1890円
東京ディズニーランドのある舞浜。次世代セレブが住む新浦安。夢の国の隣人たちの現実をベースに、地域問題を鋭く分析している。キーワードはオンステージ化だ。街にイメージが添加されて舞台化が進み、その先はどうなるのか。今起きている現象の深層が見える。
(2013.02.04発行)
宇都宮聡、川崎悟司 『日本の絶滅古生物図鑑』
築地書館 2310円
前著『日本の恐竜図鑑』が話題を呼んだ、サラリーマン化石ハンターと古生物イラストレーターによる最新刊だ。日本に恐竜が生息した中生代の前後にも、個性的かつ魅力的な生き物たちがいたことを明らかにしている。巻末には恐竜や化石が見られる博物館ガイドも。
(2013.02.10発行)
湊かなえ 『望郷』
文藝春秋 1470円
瀬戸内海にある小さな島を舞台とした連作短編集だ。収録の6編はリンクしながら一つの物語となっている。
登場する白綱(しらつな)島は架空の島だが、著者は広島県・因島の出身であり、その風景や暮らしは作品にも反映されている。しかし故郷は懐かしいだけの場所ではない。そこに留まった者、出て行った者、再び帰ってきた者、それぞれにとって愛憎半ばする存在なのだ。
駆け落ちで島を出ながら作家として成功した姉。島に住み続けてきた妹。2人の微妙な関係を描くのは「みかんの花」だ。長年のわだかまりや疑問が封印を解くように明らかになっていく過程に怖さがある。
「海の星」は日本推理作家協会賞短編部門受賞作。まだ少年だった自分と母を置き去りにして失踪した父に何があったのか。島という閉鎖社会を背景に、人間の業にまで迫った名作だ。
(2013.01.30発行)
尾崎俊介 『S先生のこと』
新宿書房 2520円
愛弟子が師の生涯を綴った長編エッセイだが、優れた小説のような深い物語性に満ちている。
S先生とはアメリカ文学者、翻訳家、また小説家でもあった須山静夫のことだ。著者は学部時代に出会い、以後30年に亘り師事する。文学作品を解読していく過程での立場を超えた共鳴。師が別の大学に移れば、追いかけてでも学ぼうとする熱意。自らが一人前の研究者となってからも常に近くにいた。学識だけでなく人間的魅力が須山にあったからこそ、これほど濃密な師弟関係が続いたのだ。
須山が亡くなる3年前に上梓した自伝的小説が『墨染めに咲け』だ。そこには幼い息子を残して逝った妻のこと、そして20歳で事故死した息子のことが痛恨の思いと共に記されている。著者が師の最後の本と同じ版元から本書を出すことも、強い哀惜の表れである。
(2013.02.20発行)
井上荒野 『それを愛と間違えるから』
中央公論新社 1575円
41歳の妻と42歳の夫。結婚して15年の夫婦に訪れた離婚の危機を描く長編小説だ。大きな不満があるわけではなく、平和な日常が続いていた。ところが、妻が突然「恋人がいる」と告白する。しかも夫にも愛人がいた。そんな4人が一緒にキャンプに行くことになり・・。
(2013.01.15発行)
藤田弘基 『蒸気機関車百景~昭和を駆け抜けた栄光のSL』
平凡社 3990円
デビューした東海道新幹線の新型車両N700A。その空力学的デザインよりも在りし日の蒸気機関車に魅力を感じるのはなぜだろう。本書には室蘭本線のC57をはじめ、100を超すSLが並んでいる。風景を切り裂くのではなく、溶け込むように走る姿が感動的だ。
(2013.02.14発行)
東海テレビ取材班 『名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の半生記』
岩波書店 1995円
長年、「司法シリーズ」と呼ばれる秀作ドキュメンタリーを制作してきた東海テレビ。本書は52年前に起きた毒殺事件と、その犯人とされた人物の冤罪をめぐる執念の取材記録だ。同時に公開中の映画『約束 名張毒ぶどう酒事件~死刑囚の生涯』の原作でもある。
(2013.02.15発行)
小沢昭一 『芸人の肖像』
ちくま新書 945円
昨年の12月に亡くなった俳優・小沢昭一。映画だけでなく、ラジオでの語り、エッセイ、芸能研究など多彩な活動が記憶に残る。そんな小沢の原点が実家の写真館であり、傍らには常にカメラがあった。本書は生前に企画が決定し、編集作業が進んでいた“最新”写真集であり、遺作である。
小沢がファインダー越しに見つめた芸人たちの姿は、いわう芸、あきなう芸、さらす芸など8つのジャンルに分けられている。演技の最中から日常まで、いずれも撮影者に心を許した自然な表情ばかりだ。昭和という時代もまたそこにある。
(2013.02.10発行)