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向田邦子さん 没後40年 色あせぬ魅力
数々のドラマ脚本を手掛け、名エッセイストでもある直木賞作家向田邦子さん(1929〜81年)。没後40年の今年は関連本が相次いで出版され、変わらぬ人気を誇る。人々をひきつけて離さない魅力とは何だろう。向田さんとその作品をこよなく愛する人たちを取材した。【北爪三記】
向田さんの命日の八月二十二日。東京・多磨霊園に「向田邦子研究会」の会員七人が集まった。コロナ禍とあって例年より参加者は少ないものの、毎年欠かさぬ墓参りのためだ。向田さんが好んだという黄色いバラなどを墓前に供え、一人一人手を合わせる。
「向田さんが好き、というところでつながっている。だから、初めてでもすぐ打ち解けるんですよ」。会の代表で共立女子大教授(日本語表現学)の半沢幹一さん(67)が笑う。
会は、向田さんが卒業した実践女子専門学校を前身とする実践女子大の教職員ら五人で、一九八八年に発足。現在は北海道から鹿児島まで二十〜九十代の約百五十人の会員がいる。これまでに『向田邦子文学論』(新典社)、『向田邦子愛』(いそっぷ社)など三冊を刊行。年四回発行の会報には、会員それぞれの熱い思いがあふれる。
テレビドラマがきっかけという人も多く、小川雅也さん(60)もその一人。「『寺内貫太郎一家』や『阿修羅のごとく』を夢中で見ました」。むろん、小説『あ・うん』や直木賞を受賞した「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」などの短編、「父の詫(わ)び状」「字のない葉書(はがき)」といったエッセーは脈々と読み継がれている。
今年は多くの関連本が刊行された。作品から向田さんの言葉をえり抜いた『少しぐらいの嘘(うそ)は大目に 向田邦子の言葉』(碓井広義編、新潮文庫)や、食にまつわるエッセーとシナリオを収めた『メロンと寸劇』(河出書房新社)、ムックを文庫化した『向田邦子を読む』(文春文庫)など。特集を組んだ雑誌もある。
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五十編を収録した『向田邦子ベスト・エッセイ』(向田和子編、ちくま文庫)は昨年三月の刊行以来、二十刷、十六万部の人気ぶりだ。筑摩書房によると、購買層は五十歳以上の女性の割合が最も多く、これに迫るのが三十〜四十九歳の女性。同社営業部の担当者は「初めて読んだ、という声もある。入門として手に取りやすいのでは」と話す。
向田さんの作品は、戦前を含む昭和の時代を舞台に、日常にふと顔をのぞかせる人間の一面や、家族の姿を鮮やかに描く。平成、令和と移ったいまも、色あせないばかりか新たな読者をつかむのはなぜなのか。
半沢さんは、家族という普遍的なテーマに着目する。折しもコロナ禍による巣ごもりで、家族と向き合う時間が増えている。「向田さんは昭和の家族像を描いて共感を得たが、『あ・うん』などの作品のように、危ういバランスの上にあっても、家族の破壊までは描かなかった。それがいま逆に新鮮なのでは」とみる。
「生活者の感覚」を挙げるのは、会の事務局を担当する吉本邦子さん(50)。会報や読書会で「自分の感じていることを表現してくれている」という多くの声に接してきた。「日常生活で感じることが描かれ、共感につながっていると思う」。自身は向田さんの生き方にもひかれるという。「昭和一桁生まれの女性が、自分できちんと稼いで好きな暮らしをする。今の人から見てもかっこいい。憧れです」
会の発足時から携わる石川幸子さん(61)は、読み手ごとに幅を持って受け取ることができる平易な文体が魅力だと考える。「例えば、『父の詫び状』の最後の部分。父の心情は読む側に委ねられるから、受ける印象は状況によっても変わる」と言う。
それにしても、と石川さんはほほ笑む。「没後四十年で、こんなに関連の本が出る作家っているでしょうか」
(東京新聞 2021年9月6日)