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「回顧 マンモス豊田小学校の生活2年目」

2018年08月16日 | 大分県
新任の学校です。
1年目を担任したNりちゃんから、よく、
「せんせいとして育ててあげたのはわたしたちだから。」
と言われます。

確かにその通りでございます。そして今があります。

1年目は、マンモス学校でした。1年目の終わりに、沖代小学校と分離しました。


それでも2年目に受け持った4年生は、5クラスありました。

そう考えると、今は、子どもたちの数もぐっと少なくなっています。


「たいせつなもの~第1集~」の中からです。

この本の表紙の絵は、イラストレーターとして活躍をしている2年目のY子さんが描いてくれました。
 


2年目も元気のよいクラスでした。

子どもたちはもちろん、お家の方々も同様です。


それでも亡くなった子どもたちやお家の方がいるのは、思い出をたどっていくとき寂しく感じます。


明るいお家の方が明るい子どもたちに、優しいお家の方が優しい子どもたちに成長させていきました。
今では、そんな子どもたちに、いろんなところで助けてもらうことが多いです。
 

たくさんの思い出がよみがえります。
 


クイズ番組にチャレンジすることが好きでした。TBSの昼のクイズ番組に予選を突破して出場しました。

事前に収録していたものを流します。

子どもたちには、体調を崩したということで収録に行きました。放映日の時間がちょうど体育でした。
「今日の体育の時間は教室です。」
生徒たちから不満たらたら。


放映時間になりました。

テレビをつけると、突如、テレビのクイズ番組に目の前にいる担任の先生が出演するから、教室が沸きました。
そんなこんな思い出がたくさんあります。
 


先生たちもたくさんいたので、研究授業も、青年部で指導案審議をしてくれました。国語の「とびこめ」という教材を放課後遅くまで考えていきました。これも今に生きています。
 


実際授業になると、お父さんが少年に鉄砲を向けたのは、少年の向こうにいる鳥を打ちたかったんだと、Nやくんが立ち上がってまで意見を言う・・・切り返しも聞かない・・・今でもNやくんに会う時には、この話も出てきます。


しかし、たくさんの先生方、青年部の先生方と教材を研究する中で、自分のスタイルを創らせてもらいました。
 

昼休みや放課後や休みの日に遊んだこと、楽しく授業をしていったことなど、社会見学で建設中の耶馬溪ダム工事現場の見学など忘れることができません。
 


今それぞれにこの子どもたちも社会の一線で活躍をしています。


しっかり立場は逆になっています。

時々出会えた時に、懐かしい話にはなを咲かせる時間が楽しみです。