■■【経営コンサルタント竹根の起業日記】 2014年4月第3週までのあらすじ、登場人物
【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記です。
これから経営コンサルタントとして独立起業しようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語るつもりです。
【 注 】
ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係ありません。
【あらすじ】 【登場人物】 【作者紹介】 ←クリック
【小説 新米経営コンサルタント竹根の起業日記】 経営コンサルタントのありし日 |
経営コンサルタント起業日記を読むポイント
日記の主であります私(竹根)は、35歳の商社マンです。産業機械部第一課課長、2013年4月1日に経営コンサルタントという職業に関心を持ちました。 最近、部長とぶつかることが多い竹根である。商社の限界を感じたり、経営コンサルティング業による社会貢献のすばらしさがわかってきたり、ついにはヘッドハンターからコンタクトがあったりと揺れ動く竹根。サラリーマンを辞めるのか、それとも、別な道を歩むべきか、迷った挙げ句の決断は、日本を代表するコンサルティング・ファームである竹之下経営にお世話になることに決めた。しかし、転職を直前にして、心が揺れる竹根である。どうするのか・・・ 毎日20時30分頃発信しています。ただし、一部は翌朝の発行となることもあります。 |
<プロジェクトX風に読む>
【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】は、10年のサラリーマン生活をしてきた竹根好助35歳の経営コンサルタントとしての独立起業日記である。私の分身とも言える友人が、文才のない私に代わって書いてくれることになった。
これから経営コンサルタントとして独立起業をしようと考えている人の参考となることを願い、経営コンサルタントとしての実践を経験的に語る。
ただし、ここに記載されていることは実在の企業とは何ら関係のないことである。また、この日記を参考にして生じた君もしくは君の関係者に発生した問題については、当方は一切関知しない。
では、諸君の成功を祈る。
【ご挨拶】
小説・経営コンサルタント竹根好助シリーズは、私の生涯の友人で、私の経営コンサルタント業について、私以上に詳しく理解している作家千平紗門氏の作です。当ブログでも彼の作品の一つを連載したことがあります。
この度、千平紗門氏が、竹根好助の若かりし頃を現代に置き換え、これから経営コンサルタントを目指す人、経営コンサルタント業を始めたばかりの人を対象に、日記風に紹介して下さります。
上記の人だけではなく、すでに経営コンサルタントとしてご活躍の先生や企業の経営者・管理職の方々にも何らかの示唆があると思います。
私の昔話が、現代に置き換わって紹介されるのを読ませていただき、何となくこそばゆい思いをしています。
日記ですので、小説のように起承転結があるわけではないですが、日々、何かを読者の皆さんに感じ取っていただければ幸いです。
【初めてお読みになる方】
初めての方で、これから経営コンサルタントを目指そうという場合には、初回からお読みになることをお勧めします。このブログは、毎日20時30分頃発信するようにしていますが、翌朝7時過ぎに、再掲載もしています。
【あらすじ】
かねてより経営コンサルタント業に興味を持っている竹根好助は35歳の商社マンである。通勤途上で、「経営コンサルタント」をキーワードとしてグーグルで検索したところ、トップに表示された「経営コンサルタントへの道」というページが妙に気になり、毎日のように開くようになった。
愛コンサルタントという男から知修塾という若手経営コンサルタントの勉強会に誘いの声がかかった。独特な研修会で、次第に日本経営士協会という団体に興味を持つようになった。経営士という言葉が気になり、また同じサイトを開くと経営コンサルタントの資格についての記述とともに「中小企業診断士だけが経営コンサルタント資格ではない」というショッキングな表現が目に留まった。日本経営士協会が他に知られる著名な組織・団体・会社よりも早く、日本で最初にできた経営コンサルタント組織であることがわかる。
2013年11月末で竹之下経営へ転職。転職したその月の初日12月1日は日曜なのに、仕事にかり出された。商社とは全然異なる仕事ぶりに戸惑うばかりか、その実態はカルチャーショックでさえある。
コンサルティング・ファームのすごさを見せつけられる一方、企業診断や社員研修等の仕事に偏重し、何となく違和感も覚えるようになった。商社時代にお世話になったセント光学や匠製本の社長達からのコンタクトもあるが、コンサルティング・ファーム勤務の実状から期待に充分応えられないでいる。平均年収が一千万円に満たない経営コンサルタントが50%近くもいるという経営コンサルタント業界の厳しさも知った。
研修を行った会社からクレームの電話が来るが、上司等は、いつもながらの腑に落ちない対応である。新しい提案をしても、頭ごなしの否定である。何となくモヤモヤしているが、本部長が杓子定規な考え方で、竹根の提案を検討知らしようとしないことに、さすがの竹根も堪忍袋の緒が切れた。ついに、「こんな会社なんか辞めてやる!!」とコンサルティング・ファーム生活に見切りを付ける決心をした。始めは慰留していた会社も、態度が一転して冷たかった。その反映で、サラリーマン最終日は寂しい別れで、前途の多難さを感じた。 どちらかというと堅実な性格である竹根が、サラリーマンを辞めると言うことは、竹根を知る人はおろか、竹根自身でも考えられないことである。子供達は、平日に父親を見ることがなく、しかも惰眠をむさぼっている父親を見るのは初めてである。妻も、親友の秋元も、竹根に気を遣ってくれた。
サラリーマンを辞めても自己研鑽を続けるのは竹根らしい。クリティカル・シンキングの勉強は続けるようである。一方、サラリーマンと異なり、独立起業した以上、やるべきことがいろいろある。個人事業主としての開業手続を慣れない中で始めた。サラリーマン時代には、特別な場合を除いて週末は出勤もせず、休んで家庭サービスもできるが、経営コンサルタントとして独立起業してみると、何となく休むことに抵抗感を感じる竹根である。
一方で、経営士・コンサルタントとして開業するにもかかわらず、知らないことが多く、不安にもなる竹根である。
■ 2014年4月
桜が処々で咲き、高知などの暖かい地方では満開の他よりも聞かれる。世の中が華やかなニュースが流れるほど、クライアントのいない心許なさは募るばかりである。
しかし、駆使の研究だけは、歯を食いしばっても続けている。開業届出手続も、青色申告手続も含めほぼ終わった。
クリティカル・シンキングの研究は、引き続き継続している。同じことを長くやっているとあきると心配していたが、奥が深く、興味は増してきている。系コンサルタントだけではなく、管理職にも有益であることが分かり、今後コンサルティングの一環としても利用できそうな気がしてきた。
チュータリングサービスも、今月から模様替えである。今まで土曜日だけであったのが、今年度からは第二水曜日と選択ができることになった。私は水曜日を選んだら、廻りは皆プロとして活躍している会員さんが大半である。
オリエンテーションが終わると、突然PDCAについて説明せよと指名をされてどぎまぎしてしまった。一方で、PDCAなんて誰でも知っていることに対して、プロの集まりである協会でなぜいまさら勉強をする必要があるのだろうかという疑問が湧いた。
しかし、結果的には、世界的にあたり前と持っていたPDCAを、講師が否定するような発言をしたのである。講師が、なぜそのような世間一般で当然と間がルこをに対してこのようなことを言うのかわからない。とはいえ、ここで自分が思考を止めてしまえば、PDCAの本質を掴ませたいという講師の意図を理解できないで終わってしまう。
そう思う竹根であるが、一方でなぜか釈然としないでいる。
【登場人物・団体・企業】
◇ 竹根好助 若き日の私にそっくりな男、35歳の商社マン、2013年4月1日に経営コンサルタントとしての独立起業を考える。
◇ 愛コンサルタント
日本経営士協会理事長である愛氏が経営する会社。愛氏は経営コンサルタント歴四十年の大ベテラン
◇ 日本経営士協会 経営コンサルタント業界で最初にできた資格付与・育成の団体。首都圏で「知修塾」という若手コンサルタント育成講座を毎月開催している。
◇ 笹本 日本経営士協会知修塾コーディネーター
◇ 秋元 商社マン、竹根の大学時代からの親友。教育学部で数学を専攻
◇ 匠製本 東京文京区にある、従業員10数名の製本機械メーカー
◇ 橋上社長 匠製本機械社長、一流国立大学卒、理論家
◇ 萩野専務 営業・輸出担当
◇ 竹之下経営 日本を代表するコンサルティング・ファーム、竹根がお世話になる
【バックナンバーの読み方】 ←クリック
バックナンバーは、上記をクリックして、【小説・経営コンサルタント竹根の起業日記】のカテゴリーで読みたい日のブログをクリックすると読むことができます。当該日を開いた後、そのブログの最後に「同じテーマの記事」の下に3日前までのブログのリンクが貼られていますので、それをクリックしますと3日間のバックナンバーを読むことができます。
【バックナンバー】 Yahooブログ アメブロ ブログ人 社長ブログ
上記ブログにて、バックナンバーを見ることができます。毎日、20時以降にお届けしていますので、ぜひご愛読下さい。
■■ 経営コンサルタントへの道 ←クリック
経営コンサルタントを目指す人の60%が閲覧する必須のWebサイト