内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

学期末試験、年内最後の演習・講義

2013-12-19 06:20:00 | 講義の余白から

 今日(18日水曜日)の午前中は、本務校の学部一年の講義「日本文明」の試験。受験者64名。大きな階段教室を使う。試験監督のアルバイトが一人つく。一切持ち込み不可の試験の場合、人数が多いと、学生たちに荷物を入り口脇に置かせ、筆記用具と学生証以外は何も持たせずに、一定の間隔を空けて着席させるだけでも一仕事であるが、私の講義の試験はいつでもすべて持ち込み可だから、その分手間がかからない。答案作成のためにノート・資料だけではなく、パソコン、タブレット、スマートフォンすべてOK。ネットに接続して情報を検索してもいい。とにかく持てるものを総動員して答案を作成せよというのが私の意図。それに、もしそうしたければ、そしてそれが周囲に迷惑をかけなければ、iPodなどで音楽を聴きながら答案を書いてもいい。実際、数人だが、それを実行している学生たちがいたが、何の問題もなかった。
 試験問題は一問だけ。それも講義の最終回で、問題領域を三つに限定してあったので、学生たちはそれにそって準備してくればよいことになっている。その三つの領域とは、聖徳太子の十七条憲法に見られる政治思想、鎌倉幕府の成立のプロセス、慈円の歴史観である。今回の試験問題は、十七条憲法の第一条全文の仏訳を与え、「テキスト成立時の歴史的背景を簡単に説明した後、自由に意見を述べよ」という問題。試験時間は一時間と短いから、ちゃんと準備してこない学生は、たとえたくさんの資料を持ってきても、まともな答案を書く時間がない。周到な準備をしてきたか、思考能力がどれだけあるかは、だから、すべて持ち込み可でも、いや、そうだからこそ、よりはっきりと答案から読み取れる。採点基準はとても厳しい。平均点は、だいたいいつも20点満点で10点前後。つまりたいていの学生は合格点すれすれしか取れない。優秀な答案でも15点くらいが限度。16点はもう本当に例外的。他方、量的にはあれこれ書いてあっても、全然議論になっていない場合は4、5点しかあげない。
 修士の演習では、内田樹の『下流志向』(講談社、2007年)第三章「労働からの逃走」の最初の三節「自己決定の詐術」「不条理に気づかない」「日本型ニート」を読む。時間の制約から、最初の二節は私の方で内容を手短に解説し、「日本型ニート」を全員に少しずつ原文を読ませながら、ゆっくりと読んでいく。そこでは日本との比較対象のためにイギリスとフランスの例が挙げられているからだ。予想通りだったが、いろいろと反応があり、特に日本社会と英仏社会とを対比してその違いを強調している箇所には、多くの批判が出た。彼らは当然のことながらフランス社会を内側からよく知っており、テキストの例に対して具体的な反証を挙げることができるからだ。私自身、こういういささか安易と言わざるをえない図式的な比較論にはとても批判的であり、とりわけ日本だけを特殊化してみせる議論は、その特殊化自体が目的化していることが多く、仮にそこに幾分かの真理が含まれてるとしても、何らそれは問題の解決には役に立たないし、その糸口にさえならないことが多い。とはいえ、演習の目的は、こういう類のテキストを読ませて、学生たちの反応を引き起こすことにあったから、その意味では「狙い通り」だったと言えるだろう。
 さて、イナルコの講義「同時代思想」である。大森荘蔵の紹介的解説は15分ほどでさっさと済ませ、すぐに大森のテキストの読解に入った。「誰々によれば」といった類の他人の説に依拠しながらの哲学用語に覆われた「専門的」議論ではなく、いきなり私たち誰にでもある日常的経験の観察から始まる、日常言語による徹底した哲学的議論の一端にでも触れてほしかったからである。テキスト読解のための何の準備もなく、しかも哲学の素養も不十分な学生たちにとっては、議論についていくのは容易ではなかったはずである。テキストは読みやすい日本語で書いてあるのに、いやだからこそ、日本語として理解はできるけれど、大森の主張には納得できない。それぞれの箇所で何が問題なのかを説明を交えながら、私がテキストの仏訳を口頭でつけていくとき、彼らなりに問題を考えているのがよくわかった。他我論、虚想論、ことだま論、立ち現れ一元論、過去の制作論、どれをとっても一回聴いただけではとても納得できなかったと思うが、何か徹底した仕方でそれぞれの問題が考え抜かれているということだけは、少なくともわかってもらえたと思う。テキストを読みながらいくつかの質問に答えるだけで、学生たちと議論に入るところまでは行けなかったが、予備知識なしのたった一回の講義としては、まあよしとすべきといったところであろうか。
 これで年内の講義はすべて終了。明日の修士二年のインターシップ・レポートの口頭試問が今年の仕事納めとなる。これからそのためのレポート読み。