内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

愛情に満ちた名曲 ― バッハ、フランス組曲 第五番 ト長調

2013-12-13 02:12:00 | 私の好きな曲

 七つの異なった舞曲から成る、典雅にして躍動感・軽快感をも備えた名曲。六つの「フランス組曲」中最大規模だが、各楽章の多様性とそれを際立たせる緊密な構成のゆえに、まったく冗長さを感じさせない。バッハの鍵盤曲の最高傑作のひとつとされる。作曲年代で先立つ「イギリス組曲」に比べて、当世風のギャラント様式をより意識し、慣習的な語法をより積極に取り入れて作曲されているので、それだけ洗練されているように聞こえると言われる。それよりもなによりも、作曲者の愛情に満ちた曲であることを強く感じる。2度目の妻アンナ・マグダレーナに最初に贈った曲集「クラヴィーア小曲集」に、このフランス組曲の第1~5番の5曲が含まれているということをたとえ知らなくても、いや、むしろそんな余計な知識はないほうがその曲自体に込められた愛情を直によく感じられるのではないだろうか(事実最初に聴いたときは、そんなことは何も知らなかった)。
 実際、私は「フランス組曲」の方を好む。でも、「イギリス組曲」にはペライアの名演があって、これは大好き。全曲中どこを聴いても、類稀な音の美しさを堪能できる。一時はこればっかり聴いていたほど。「フランス組曲」については、それほど決定的な演奏には出会っていない。グールドの演奏には、何か突然ふらっとひとの家にやってきて、そこに偶々あったピアノで思いのままに弾いているかのような至近感を聴きながら感じるが、弾き終わったらさっさとまたどこかにいってしまったかのような孤独感を後に残す。ケンプは、五番だけしか聴いたことがないが、滋味溢れる演奏。シフのは、模範的な楷書体の晴朗な演奏。ガヴリーロフの演奏には、しっとりとした親密感がある一方、楽章によっては躍動感にも欠けていない。楽章ごとの舞曲としての性格の違いが際立っている、とても良い演奏。チェンバロによる演奏は、クリストフ・ルセの一枚しか持っていないが、五番はとても綺羅びやか。録音の特筆すべき秀逸さもあって、この一枚で満足している。