内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

この上もなく単純で大切なもの ― カヴァイエス伝を読みながら

2013-12-23 23:27:27 | 読游摘録

 すでに何度かこのブログでも言及したことがあるが、数理哲学者としてフランス・エピステモロジーの礎を築き、ナチス占領期にレジスタンスの闘士として銃殺されたジャン・カヴァイエス(1903-1944)というフランスの哲学者の名は、日本では専門家たちを除いては、これまであまり知られてはこなかったであろう。しかし、2011年に日本の哲学研究の次代の一翼を担うであろう若き俊秀近藤和敬による『構造と生成Ⅰ カヴァイエス研究』(月曜社)が、そして今年の10月になって同著者による『構造と生成II  論理学と学知の理論について』(月曜社)が出版されたことで、その死後70年になろうとしているカヴァイエスの傑出した哲学的業績と稀有な生涯がようやくより広い日本の読者に知られ始めようとしている。その専門領域である数理哲学において二〇世紀前半にフランス哲学界にもたらした決定的な貢献については、近藤氏の上記両著(後者はカヴァイエスの遺作にして代表作の本邦初訳に懇切な解説を付したもの)について見るに如くはなく、このブログで一知半解のいい加減な紹介をすることは、慎むことにする。
 このブログでは、明日以降、その近藤氏の解説でも引用されている、カヴァイエスの三歳年上の姉 Gabrielle Ferrières が書いたカヴァイエス伝 Jean Cavaillès Un philosophe dans la guerre 1903-1944, Paris, Éditions du Félin, 2003 を紹介していきたいと思う。というのも、この伝記は、カヴァイエス研究にとって貴重な情報と証言を多数含んだ必須の第二次文献として重要な資料であるばかりでなく、伝記文学としても名作の一つに数えられていいと私は思うからである。カヴァイエスについての予備知識なしに読み始めても、その伝記作者がいかに深く自分の弟を愛し、どれだけ誇りに思いながら書いているかが文章の隅々から伝わってくるのである。私自身、読み始めるとすぐに作者の話術に思わず引き込まれてしまい、幼少期の思い出を語る書き出しの部分を読んだだけで、その夢のように幸福で愛情に満ちた家族の風景の生き生きとした描写に、本を閉じて思わずホロリとしてしまうことを、それが朝の通勤のメトロの中であったにもかかわらず、禁ずることができなかった。それは自分が決して経験することのできなかった、何かこの上もなく単純で大切なものがそこではよく生きられていたことが痛切に感じられたからである。