秋になると聴きたくなる曲がある。その旋律が、深まりゆく秋の景色の色合いとよく調和し、風景の中で自ずと響き出すかような曲。私にとって、それは、ブラームスのクラリネット五重奏曲。
一八九一年、ブラームス五十八歳の時の作品で、晩年の代表作の一つに数えられる。同ジャンル中の名曲としてよく知られている。作曲されたのは、その年の夏、お気に入りの避暑地、オーストラリアのバート・イシュルでのこと。
この作品の後に、ブラームス最晩年の四つのピアノ曲集、すなわち、『幻想曲集』(作品116)、『三つの間奏曲』(作品117)、『小品』(作品118)、『四つの小品』(作品119)が続く。これらの作品にも、私は深い愛着がある。
ブラームスのクラリネット五重奏曲は、モーツアルトの傑作クラリネット五重奏曲とよくカップリングされる。後者については、ヨーヨー・マが、あるテレビ・インタビューの中で、喜びの時にも悲しみの時にも演奏することができる普遍性を持った名曲中の名曲として讃えていたのを覚えている。
それに対して、ブラームスの名曲(奇しくも、モーツアルトがクラリネット協奏曲を書き、その数ヶ月後に亡くなる一七九一年からちょうど百年後に作曲された)は、人生の黄昏時の深い寂寥感を湛えている。
初めて聴いたのがいつのことだったか、もうよく覚えていないが、ウィーン室内合奏団(クラリネットはアルフレート・プリンツ)の演奏(一九八〇年録音)だった。モーツアルトの方が目当てで買ったCD(DENONの「ザ・クラシック1300シリーズ」全50枚のうちの一枚)で、ブラームスの曲の方には何の予備知識もなかった。モーツアルトの曲の後に少し間を置いて始まった第一楽章の出だしを聴いた瞬間にもう、その哀切極まりないメロディーの虜になってしまっていた。
毎年、この季節になると、その同じCDを取り出す。この記事も、それを聴きながら書いた。
同曲の音源はネット上でも数多あるが、往年の名演奏として今も支持者が多いレオポルト・ウラッハ(クラリネット)、 ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団 の演奏(1952年録音)の第一楽章がこちらで聴ける。
(写真はその上でクリックすると拡大されます)