内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ラインのほとりの戦争の記憶

2015-10-11 05:18:05 | 写真

 十九年前にストラスブールに暮らし始めてまだ一月も経っていない九月下旬のことだったと思う。まだ市の周辺に何があるのかもよく知らないままに、国境まで行ってみようとふと思い立ち、家族三人でバスに乗って出かけた。そのバスはライン川を越えてドイツ側の小さな街ケールまで行くのだが、その日はライン川の手前のバス停で降り、人影もない殺風景な緑地を川べりまで歩いて行った。
 一つの石碑がひっそりと木陰に立っていた。
 それは、フランス国内のレジスタンス活動中最も活発だったとされるグループ、「レゾ―・アリアンス」の諜報員たちを愛国者として讃える石碑であった。
 その石碑には、こう刻まれていた。

À la gloire des patriotes, agents du Réseau « Alliance », lâchement assassinés par la Gestapo en fuite le 23 novembre 1944, jour de la libération de Strasbourg. Leurs corps furent jetés dans le Rhin en face de ce lieu.

 彼らは、1944年11月23日、ストラスブールがドイツ軍から解放された日に、逃走中のゲシュタポによって殺害され、その遺体は、その石碑のある場所の向かいからライン川に投棄された。
 石碑には、上掲の文の下に、殺害された九名の諜報員の名前と生年月日が記され、一番下に « morts pour la France » (「フランスのために死す」)と刻まれている。
 その日、石碑の文中の « lâchement »(「卑怯にも」あるいは「卑劣にも」)という言葉が心に深く突き刺さった。それを今でも昨日のことのようによく覚えている。
 今では、この石碑の周りはきれいに整地され、視界の開けた広場になっている。石碑に向かって左手には、ヨーロッパ橋の上を独仏両国側から行き来する車が切れ目なく通過しているのが見える。右手からは、2004年に完成した、斬新かつエレガントな歩行者・自転車専用橋 Passerelle Mimran (こちらこちらを参照されたし)の上を行き交う人たちの笑い声がライン川の水面に反響しているのが聞こえて来る。
 独仏両国の現在の流通と交流を象徴する二つの橋の間で、石碑は、かつて両国を引き裂いた残虐な過去の記憶を、沈黙の内に語り続けている。

(写真はその上でクリックすると拡大されます)