生命体は恒常的な「個体化の劇場」である ― これが昨日の記事で見た、生物レベルでの個体化の第一の特徴でした。
今日の記事では、生物レベルでの個体化の第二の特徴を見ていきましょう。
生命体は、ある一定数のバランスを保持するだけの自動機械に比されるうるものではありません。より単純なバランスから構成されるより高度なバランスの定式にしたがって複数の異なった要求の間に折り合いをつけるだけのものでもありません。生命体は、初発の個体化の結果であるばかりでなく、その個体化を自ら増幅するものでもあるのです。生命体は、サイバネティックスにおいてそうであるように、もっぱらその機能の観点から技術的対象の一つと見なすことはできません。自己増幅可能性という点において、生命体は、技術的対象には還元不可能なのです。
生命体とは、「個体による個体化」(« individuation par l’individu »)だとシモンドンは言います(p. 28)。一度完成された個体化の結果として生まれた機能に還元されうるものではないのです。それだけのことなら、生産された機械と変わりませんね。
生命体は、直面する問題を解決しようとするとき、どうするでしょうか。ただ単に自分を合わせる、つまり、自分が置かれた環境に対する自分の関係を変更しようとするだけではありません。それだけのことなら、ある程度まで、機械にもできます。生命体は、問題解決のために、自分自身を変えることもあります。新しい内的構造を自分から創り出すこともあります。生命に関わる諸問題が形成しているシステムの中に己自身を完全に導入することによって問題の解決を図る個体、これが生命体なのです。
ここでちょっと先取りして、シモンドンにおける「情報形成」(« information »)という概念に触れておきます。
普通、この原語は「情報」と訳されますね。あるいは訳さずにそのままインフォメーションと表記されたりもします。「巷に情報が溢れている」、「インフォメーション・センターにお問い合わせください」などとよく言われています。「遺伝情報」という言葉も今ではすっかり日常語になった感があります(もちろん、科学的にちゃんと理解できているかどうかは別として)。いずれの場合も、伝達される一定の情報という意味で使われるのが一般的です。つまり、「伝えられるもの」「伝えうるもの」という意味です。
ところが、シモンドンがこの概念に込めている意味は違うのです。と言うよりも、はるかに広く、しかも創造的な意味で使っているのです。自らを伝達可能なものとして自己形成すること、あるいは何かに形を与えて伝達可能なものとすること、そしてその形成された形を他のものに伝達あるいは相互的に伝達する過程そのもの、その結果として形成される情報形成・伝達ネットワーク。 シモンドンにおいて、« information » という概念は、これらすべての意味を含んでいるのです。一言で言えば、情報形成・伝達過程の全体のダイナミクスのことなのなのです。
さて、今日の本題に戻りましょう。
生命体が解決されるべき問題系の中に自己導入するとは、どういうことでしょうか。この問いには、今瞥見した「情報形成」概念を用いることで答えることができます。生命体は、自らが情報ネットワークの一つの結び目と成って、自分がその中で働いている自分より高次のシステムと自分自身が組織しているシステムとの間に、相互伝達・相互作用の関係を形成することで問題の解決を図ろうとするのです。これが生命体に固有な問題解決方法です。
今日の記事の要点を一言でまとめると次のようになります。
生命体は、自己を情報化し伝達可能な媒体に自己変容することによって己が内属する情報システム内で問題解決を図る自己形成能力をもった個体である。
それではまた明日。御機嫌よう。