内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「これから」を生きるために ― 桜井徳太郎『民間信仰』(ちくま学芸文庫)を読みながら

2020-11-26 23:59:59 | 読游摘録

 日本の民間信仰について学生たちに推薦できる基礎的な文献として紹介しようようと思って、桜井徳太郎の『民間信仰』(ちくま学芸文庫 2020年 初版1966年)を読んでいて、つい引き込まれてしまった。岩本通弥の解説にある通り、その論述は「明快で溌剌としており、リアリティをもって迫ってくるもの」がある。現地調査に基づいた諸種の民間信仰の具体的な記述がそれぞれに興味深いだけでなく、それらの信仰を通じて生きられている日本人の精神的伝統への洞察にもいろいろと教えられるところがある。
 日本人の民衆生活に沈殿していた数々の信仰が急速に失われていくのは1965年以降のことだと解説で述べられているが、高度成長期の只中で日本人の精神生活も大きな変化を強いられたということなのだろう。
 それから半世紀あまり過ぎて、今、私たちは、パンデミックによる世界規模での未曽有の社会構造の変化の中を生きつつある。世界の識者たちの未来への提言にはもちろん傾聴に値する意見も多々あるし、私自身、現在の状況の中でただ茫然と立ち尽くしてもいられず、手を拱いているだけでもいけないとも思う。
 それはそうなのだが、『民間信仰』を読んでいて思ったことは、むしろ今一度ここで立ち止まり、この半世紀の間にもはや取り返しのつかない仕方で私たちが失ってしまったものについて確認しておくことも、「私たちの現在」の立ち位置を見極め、「これから」を生きるための視野を開くために必要ではないのか、ということであった。