内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

今月の幻の文庫新刊紹介(一)― フユヒコ・ニイチエ著『善悪のビーガン』(辺境公論社「黄昏文庫」)

2022-05-02 22:25:39 | 雑感

 やっかいな書評を頼まれてしまった。近頃はやりの「完全菜食主義(ビーガン)」を完膚なきまでに叩きのめした「鉄槌」の一書を紹介しなくてはならない羽目に陥ったのである。
 嫌なら断ればいいじゃん。ご指摘、ごもっとも、痛み入ります。でもね、ギャラがメチャよかったんですわ。で、「よろこんで書かせていただきま~す」と、まことに節操もなく、引き受けたという次第。
 著者の姓を正確に綴ると、「新智慧」(にいちえ)である。この極めて珍しい名字をもった日本人の父親とスペイン系ドイツ人女性サンチェス・オペレッタとの間に、1996年に第一子長男として冬彦君はフランクフルトに生まれた。
 彼の父親、新智慧護(にいちえ・まもる)氏は、ドイツのフライドポテト大学の人類学の教授、母親サンチェス・オペレッタは、スペインのグラグラ大学の比較文学の教授である。二人とも、それぞれの分野の権威として知らぬものはないと言われている(が、私は全然知らなかった。不明を恥じる次第である)。
 フユヒコ君、生後一週間で、突然、ドイツ語を文法的に完璧に話し始め、生後一年、ようやく歩き始めた頃には、母語であるドイツ語以外に、すべてのヨーロッパ言語を完璧に理解し、話すようになっていたという。今では日本語も完璧にマスターしているという噂である。
 その異常なる言語能力に開いた口が塞がず、恐怖さえ感じた両親は、精神科医、脳科学者、心理学者など、つてを頼りにあらゆる専門家に説明を求めたらしいが、誰一人として、二人に満足のいく説明をすることができなかったという。
 ドイツの信頼の置けるメディアによると(っていう言い方自体がなんとも胡散臭いのだが)、二十世紀ドイツが生んだ最後の天才だとのことである。
 現在は、ヨーロッパの某国の国立大学の非常勤講師をしているらしい。とにかくメディアには一切登場しない人なので詳しいことはわからない。
 『善悪のビーガン』は、確かに痛快な一書ではある。自分を善だと信じている完全菜食主義者たちは、まさにその信ゆえに論理的に間違っており、にもかかわらず自分の立場に固執することそのことによって悪の権化にほかならないと切って捨てるその論述の展開は、あたかも剣豪の見事な太刀さばきの如く鮮やかで、一気に読ませる。
 自分自身に関しては、完全雑食主義を高らかに宣言し、来る者は拒まず、とにかく何でも残さずに食べることのみを食の行動原理としていると本書のなかで誤解の余地のない仕方で明言している。