これは私の個人的習慣に過ぎないが、論文や発表原稿の執筆開始以前の準備過程にはいくつかの段階がある。
まず、与えられた諸条件を前提として、その枠組みに収まりそうで、かつ自分が書きたいと思うテーマについてぼんやりと考える。この段階ではメモは取らない。机に向かってもいない。歩いているとき、走っているとき、風呂に入っているときなどに、ときどき思い出したように考えるだけである。そんなときにアイデアがふと浮かんでくる。あるいは、テーマと全然関係がない本を読んでいて、アイデアが閃くこともある。
テーマが決まると、それに関連する単語をA4版の無地のノートに思い浮かぶままに書きつける。この段階では、テーマに関する重要度に応じてそれらの単語を配列することはしない。この単語の羅列は一頁で済むこともあるし、数頁に及ぶこともある。長くなるのは、それだけ考えあぐねている証拠である。
今実験的に導入しているのは、ノートに書きつける前段階として、色違いのポストイットを使い、それをA4版のアクリルボードに貼り付けていくことである。このアクリルボードがポストイットでいっぱいになったところで、それらを全部剥がし、相互に関連付け、取捨選択し、ノートに書きつけていこうと思っている。ちょうど今日ボードが一杯になったので、明日ノートへと移行する。
これらの語を書きつける際(ポストイットでもノートでも)、テーマに対する重要度とは関わりなく、それらの語の間の類縁・近接・対立・包含などの関係性に応じて、ボールペンの色を使い分ける。赤・紫・青・緑の四色を使う。黒は使わない。語間の関連性が色の違いで自ずと視覚的に訴えてくるようにするには黒は適さないからである。
ボールペンはいくつか試してきたが、これで決定というほどのものにはまだ出会えていない。でも、この一月ほど気に入って使っているのは、Pentel, Energel 0,7mmである。書き味がなめらかでインクの乾きも速い。
次の段階は、それらの単語の関連性を考えながら、いくつかの問い或いは命題の形にそれらを統合していく。すんなり統合できないときは、さらに別の関連語を書きつけたり、逆に傍線を引いてリストから外したりする。一度書いた単語は消さない。事によるとそれらを復活させることもあるからである。
これらの命題あるいは問いの間には大きな余白を空ける。その余白の大きさは、単に気分次第のときもあるが、命題あるいは問いの重要度にもよる。その余白に命題あるいは問題へのコメントや論理的展開を書きつけていく。それがどれだけの長さになるかは、書き始めた段階ではわからない。だから無地のノートを使う。罫線は邪魔でしかない。この書き込みは、問いや命題より小さい字で、より細いボールペンを使う。同じくPentelの Energel infree 0,4mm の十色セットが今のお気に入りである。
色を変えるのは、書き込んだ日付が異なることが視覚的にすぐわかるからである。それに、色を変えると気分も変わるという心理的効果もある。あたかもモザイク模様のように様々な色でノートが覆われていくのは自分で見ていても楽しい。
しかし、本人にとって、多色使用の最大の理由は、これらのフラグメントは、一定の秩序と「色調」とにしたがって構成されたテキストではまだなく、テキストへの生成過程にあり、その構成要素の多様性を視覚的に示すには多色書きが適しているということにある。
複数の色によって視覚化されたこの「多色的思考」の運動は、当面のテーマの範疇を超えて複線的・多元的思考へと発展することもある。一つのテキストのための多色作成作業は、かくして、より大きくダイナミックな思考空間を生成させる契機ともなりうるのである。