旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

サンクチュアリーロッジからマチュピチュ遺跡へ

2016-09-11 11:12:10 | ペルー

マチュピチュ村から乗り合いバスはジグザグ道を三十分のぼると、サンクチュアリ―ロッジの目の前に到着する。

チェックインは13時からと良心的。 宿泊客用のゆったりしたダイニングは12時に開く。昼食を食べて、一度部屋へ入ってからマチュピチュ遺跡の観光をするとしよう

小松が前菜に注文したのは
●カウサ(ペルー風)~マッシュポテトなのでふつうはこんな色はしていないのだが、サンクチュアリーロッジのものは、アボカドがはいって緑色をしている。 マヨネーズとライムジュースとで味付け。

●マスのグリルはチア(南米のハーブの一種)の種が乗せてある。胡椒とリンゴのソースがおもしろい。


●鱒の身をラップしたもの ●ハンバーガーもひと味違う

どれをとってもさすがサンクチュアリーロッジ。 ゆっくり食事をたのしみたい。

**

三十室しかない部屋はどれもたいして広くはない。コンパクトだが使いやすく整理されている↓

   

**ホテルのすぐ外、シャトルバス乗り場はマチュピチュ村へ降りる観光客で長蛇の列。観光後にこれをしなくてよいだけでもずいぶんほっとする↓

遺跡入口で名前入りの入場券をチェックしてもらい、しばらく歩くと、「あの」景色が見えてきた

急な斜面につくられた街だったのが見学していてよくわかる

精緻な石組の壁と門

●ロナルド君がおしえてくれた面白い話。地下を測定調査したフランス人学者が、黄金が秘められた地下空洞を発見したという。その図解がこれ→ まだ掘る許可が出ないそうだが、あり得ない話ではない。

少しずつ夕方の光になってきた。観光客の数もぐっと少なくなった。

それまで隠れていた動物も姿をあらわす。あ、ウサギ?ネズミ? これはアンデスウサギと通称される●ビスカチャというネズミの一種なのだそうだ↓

インカ時代の水路は今も現役である↓

放し飼いにされたリャマは草刈のかわり?

●マチュピチュ遺跡はハイラム・ビンガムというアメリカ人が1911年に発見したとされているけれど、実は1902年にリマ在住のペルー人がすでに訪れていた事が、近頃確認された。その人物はアウグスティン・リサラガで、自分の名前を「三つの窓の神殿」に署名していった。その場所が、ここ↓

「あれ?署名は?」 なんとハイラム・ビンガムが消してしまったのだそうだ。書かれていた当時の写真をロナルド君が見せてくれた。※こちらに載せました 

**夕方四時半を過ぎて、我々はようやく遺跡の高みに到着した。ここから見える山々をなぞるようにつくられた岩↓ 稜線がそっくり。

「インティワタナ」と言われるこの石の柱は陽時計だとされているが、ほんとうのところはわからない↓

丸い岩のくぼみは、水をためて星を写したと言うが・・・これも本当かはわからない↓

下へ降りると●コンドルの神殿、ここは狭いのでグループがいっぱいの時間帯には入る事ができない

さぁ、そろそろ閉館の午後五時。サンクチュアリーロッジに戻って、夕飯の午後七時半までゆっくりすごそう。

庭に、どっかから迷い込んできたわんちゃんかしらん?

**サンクチュアリーロッジでは、18時からピスコの試飲会、18:30から遺跡についての映写会が行われる。**

ダイニングは19時からオープン。宿泊客だけのための場所なのでこぢんまりしてくつろげる。わざわざミュージシャンもやってきてくれて

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「聖なる谷」からオリャンタイタンボ経由マチュピチュ村の市場へ

2016-09-11 07:13:58 | ペルー

「聖なる谷」のすがすがしい朝。このホテルはゆったりした敷地の庭を囲んでいくつかのコテージ棟が並ぶスタイル。春の朝の光をあびていきいきした花。谷を見下ろす山のその向こうにアンデスの雪の峰も少し見える。



朝食にアンデスらしいイモがいろいろ。これはアピオス種?それともアンデスの乾燥芋チューニョを水戻しして調理したもの?



シリアルになったキヌアは少し甘い味がつけてあった↓



ロビーではコカ茶がふるまわれていた↓


 



このあたりの標高は2900メートルほどだから高山病になる恐れはないが、気になる人はコカの葉を噛んだりお茶を飲んだりする。


**マチュピチュへの列車が出るオリャンタイタンボまでバスで三十分ほど。歩いてみたいような村をいくつも抜けてゆく。日本の農村と雰囲気が似ている気がする↓屋根の上のシーサーみたいな魔よけは牛。



見おろす山々にはインカの遺跡・石組もたくさん見られる↓



オリャンタイタンボとは、オリャンタイ将軍の旅籠という意味だそうな。ここからヴィスタドーム号でマチュピチュ村まで約一時間半、列車の旅


チケットには一人一人の名前がかかれており、いちいちパスポートと照会される。



天井にも窓のある明るい車内。アンデスの雪山が見えてくるのでちょうどよい。



ウルバンバ川と共に、線路はゆっくり高度をさげてゆく


車内で出されたキヌアのケーキ



川沿いにはきちんとした石組の田んぼの基礎?が見られる↓



マチュピチュ村の駅に到着。ずらりと並ぶお土産街を抜け


村への橋を渡る↓



下には温泉からながれてくる川。 もともとここはアグアカリエンテス(熱い水)という名前の村だったのだ。



↑川沿いに並ぶ行列は、マチュピチュ遺跡へあがっていくシャトルバスを待つ人々。ここにならぶと三十分以上は待つだろう・・・村をしばらく徒歩観光することにした


村の中心部は十五分もあればひとまわりできてしまう。ホテルとお土産物屋とレストランがぎっしりならんでいる おもしろいゴミ箱→


中心広場に立つインカ帝国第九代皇帝とされるパチャクティ。マチュピチュという空中都市を建設したとされる↓



この村の初代村長は日本人だったから?→


市場見学、いちばんおもしろい(^^)写真で右の建物→


★市場での模様はこちらからごらんください★


 

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