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その人の家には
クーラーがない
扇風機を使いだしたのも
この五日ほど前からだと言う
真夏でも
暑くない
と言う
汗をだらだらかいて
タオルで拭くのだという
ビールを飲んで
その人は今年七十歳で
丑年生まれで牛のように
がっしりした体格で
ゆっくり歩く
病気知らずの病院嫌い
給料のことを賃金と言う
その人は携帯電話を持っていない
固定電話だけだと言う
プッシュホンは壊れるから
未だ
黒いダイヤル式の電話だ
その人は商店街のさびれた市場の
酒屋で
ビールケースに座って
仕事を終えると
一杯やる
なじみの客と
馬鹿話をして
その市場の中の一軒だけやっている酒屋も
数年前に店を閉め
その人は安酒を探して違う店に行く
その人はゆっくり話し
長い『間』を持っていて
みんなその人が話し出すのを待っている
思い通りの
ユーモアがあり
みんなを笑わかせては
喜ぶ
きっと
人が笑う顔が好きなのだ
その人も誰かが笑うと
いっしょに笑う
その人は
仕事がない日
商店街の始まりから終わりまでを往来し
ぶらぶら歩き
くだらないことを
考えては忘れる
その人はいつも静かで
誰とも目を合わさず
あらぬところを見て
誰かが声をかけると
笑顔で言う
天気のことや仕事のことを
その人は余計なことは言わず
誰にもさわらない
だからみんなその人に会うと安心する
その人は大きな体で
悠然としていて
真面目に一生懸命仕事をし
餃子と冷やし焼酎を飲みながら
一日を終える
その人はユーモアのある話の中で
生きる知恵の核心を言ったりするので
みんなたまげる
その人はいつも一人で静かにしている
何を語るでもなく
何を言われても
動じない
人の悪口、不満はいっさい言わず
黙って一人でお酒を飲む
その人は
わからぬように誰かを気遣う
気遣う言葉は言わず
常に黙っている
その人は自然界より
自然に生きる
それを意図して生きるのではなく
無心で行きたいところへ
行きたい時に行く
きれい、とは何ですか
その人のことです