午前中
今朝
事任八幡宮 ことのままはちまんぐう
で知り合ったお友達と
LINEしていて
閃いて
音源を送った
それは
いつも洗濯中に弾くギターの録音
二層式なのですすぎの時
渦巻きの音を聞きながら
たいていギターを弾く
10分くらい
録音したのは1分半
うまく録音できたので
送った
以前
ギターの音を聞きたいと
名古屋の友達が言っていたのもあって
いろんなところに
音源を送った
残念だけど
ブログには容量が大きすぎて
貼ることはできません
驚いたのは
反響の多さ
癒された
今いろいろあるからやすらいだ
ギター弾くんすね
何度も聞いてます
まあそれは一日中
LINEの着信音が鳴りっぱなし
普段LINEをしない人にも送る
返事なしも多く
それでも
素敵なコメントをいただいた
タイミングがよかった
1分半の音源は
短くも長くもなく
録音した場所もよく
あらゆる意味で
音源送信は喜んでいただいた
夕方になって
あれ これって自分がやってるんじゃないわ
と思った
ヘタなのにこれだけ人の心に届くことに
驚きしかない
これってきっと音霊が宿ってるかも
そうなると
きっと
事任八幡宮 ことのままはちまんぐう
の本宮で
願い事をすると叶うという言い伝えがあり
61歳になると
願い事はなく
誰かのために何か少しでもできたらいいと思って
頑張りますのでお守りください
的なことをぶつぶつ言っていたのです
白い石を紙で磨きながら “ことのまま”に願いが叶う?事任八幡宮 | ハマラボ[ハママツ研究所]|お出かけ|浜松に住む人のための情報ブログ (hamamatsu-lab.jp)
気まぐれで送った音源が
思った以上に反響があり
これは自力じゃない
そうでないと
こんなに反響はないはず
と思ったと同時に
閃いた
これって少しであっても誰かのため
になっているかもしれぬ
事任八幡宮 ことのままはちまんぐう
の本宮で石磨いて
願い事したから
それが叶ったのかも
主祭神の
己等乃麻知比売命様 ことのまちひめのみことさま
が現地で知り合ったお友達を通して
叶えてくれたかも
嬉しい
またお礼参り行かなきゃ
二週間で二回掛川まで行ってますけど(笑)
二回目は鈴木大拙先生に導かれ
磐座まで行ったし
山の中腹にある本宮までは
道案内があるけれど
本宮から磐座までの道は
一切
道案内がない
危ない道だったから当然です
今日は良い日
ありがとうございました
事任八幡宮の
磐座
今日は鈴木大拙先生と
山道険しきなり
本当に獣道
草に隠れて見えぬ崖道
鈴木大拙先生同行なくして
磐座まで行けず
かなりうれしい
8日前は途中で引き返す
社務所の巫女様に聞いた
「磐座に行きたいのです」
「磐座ですか? 最近は木が倒れて通りにくいと聞きました。私どもの方から勧んで行ってくださいとは申し上げられません」
「わかりました。ありがとうございます」
事任八幡宮サイトを見る
磐座の写真は無きに等しい
地元の人に聞いた
存在を知らぬと言う
「どうしましょう先生」
「行きたいのなら行く。それもすぐに。迷ってどうする? 小久保君は何故行きたい?」
「磐座は神様が降り立った場所ですから」
「そんなことは聞いてない!」
激しき喝破
「え」
「行きたいから行く」
鈴木大拙先生の背中を追うのみ
木に目印のテープが巻いてある
目印はサイトで紹介されていた通り
道しるべ
杖なしでは無理
途中で石段が消え
草むら
鈴木大拙先生が振り返る
「ついてこい。進めば良い」
「はい」
草分けて進む
すぐ道が出現
左側は急斜面の山肌
木に引っかかれば良い
勾配が強くなる
地点から地点まで幹にロープが張られてある
ロープを持って登れという合図
そのロープ前とロープ後が
ひどく危険
参ったけれど登る
NTT携帯用の小さなアンテナがある
銀のレール
アンテナを作る
荷物を運ぶためのもの
レールに沿って右側へ前進
どこまで歩けば着くのか
ほどなく左側に現れた紙垂(しで)の岩
あれだ
声出る
磐座到着
山頂の平らな場
磐座群の出現
ずっと昔
己等乃麻知比売命 ことのまちひめのみこと は
山頂である
この磐座群に降り立った
それからかなりの時間が過ぎ
事任八幡宮の
本宮が作られた
小さな小さな祠です
800年ほど前
現在の麓にある
己等乃麻知神社ができた
時の政権の仕業で
事任八幡宮と改名
写真の磐座群が
本来の場所
だからここまで来られて
感無量
「行くぞ」
鈴木大拙先生発す
「は。今来たばかりです」
「留まるな。濁る」
と発しつつ
鈴木大拙先生は杖を持ったまま
山頂に吹く風を
愛でておられた
磐座が眼前に在る
凄い
ああ神道の系図がほしいなあ
自分で作ろうと
大きな画用紙はあるんだけれど
Amazonで探してみよう
先日行った静岡は掛川の事任八幡宮
胸にずっと宿ったまま
これは熊野体験以降の感覚
呼ばれている感覚
主祭神のことのまちひめのみこと(己等乃麻知比売命)様を
調べていると、かぎりなく深い
あるブログの中で事任八幡宮のしたには逆川さえ蛇行するしかなかったという
大きな岩があり、磐座そのものとあるブログに記してある
それが先日、途中で引き返した場所
あそこは山道で獣道なので
一人ではちょっと不安
ともかくみんなを連れていらっしゃい
というメッセージを感受しているので
誰かと行きたい
で、ご一緒して頂こう
磐座
事任八幡宮の場合
きっとこうなります
磐座 > 事任八幡宮 本宮 > 事任八幡宮
己等乃麻知比売命様(ことのまちひめのみことさま)
を事任八幡宮の主祭神として神社庁に認められたは平成11年(1999年)とまだすぐ最近のこと。
それまではお山の上の小さな祠に祀られていました。いろんな事情があるそうです。
詳しくは地元の代議士小山のぶひろ氏のブログ参照NEOぱんぷきん 2021年4月号 好きです「遠州」!事任八幡宮―清少納言も称えた、言霊の神を祀る霊験あらたかな遠州を代表する神社|衆議院議員 小山のぶひろ (n-koyama.com)
いろんな事情の先には
歴史学者の綱野善彦氏らの著書を通じて
神道の誕生を垣間見て
己等乃麻知比売命様(ことのまちひめのみことさま)を
思い、考えて、深くまで掘る途上
断層があり その平行軸のすぐ先に
文学と日本語言語学、民族学、霊性学はもとより
言霊論、あらゆるものがあるに違いない
これが日本語を取り戻す行為の一つであり
日本文化を知ろうとすれば
仏教、神道をやればいいのかもしれない
今度
事任八幡宮に行く時まで
己等乃麻知比売命様への祝詞を覚えて
行こう! 決めた!
これこそ
言霊そのものです
台風が心配でしたけれど
行ってきました
事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)
事任八幡宮公式ホームページ | 遠江の国一の宮 (kotonomama.org)
神道はそもそも
神殿はなかった
仏教が日本に入ってきて
仏像と寺ができ
寺院で仏像崇拝となる
そこで
神道も神殿を建築することとなった
それまで神道は
自然信仰
特に
磐座(いわくら)は神様が降り立つ依代です(神様が最初に降り立った場所、または神様がいる場所。お正月だと玄関から大歳神が来て、門松に乗る。それから、鏡餅の上に鎮座される。今年はアロエの葉の上に我が家は鎮座された。きれいな場所をお探しになった)
山の上に本宮があります。
以前はそこに民はのぼって手を合わせた
ところがあまりしんどいので
平地に大きな神殿を建てた。伏見稲荷もそうです。本来の本宮は山の上です。
今回は岡山から来られた年配の方を中心に4人と知り合いになり
山の上の本宮まで道案内を申し出て、お導きした
たいそう喜んでいただき、よかったです。
相当キツい山の石段だったからたいへんだったと思います
本宮で紙で白珠を磨く。三つ。
一つは神様のことを思いながら
二つ目はまわりのことを思いながら
三つ目は自分のことを思いながら
磨く紙は社務所で無料で頂けます
ーーー
わたしはまず神様のことを思いながら
お言葉を頂いたことや神様の言うことを守るようにすること
二つ目はまわりのこと。まず戦争が終わること。発展途上国での悪い言葉がなくなり良い言葉になること、そうすればあらゆる紛争と内戦と戦争は終わる。世界が平和になることのために、人々が悪い言霊を飛ばさないように願うこと。パンデミックが収束すること。温暖化が知恵でわずかでもおさえられること。世界中が少しでも笑顔になり、平和が訪れること。家族、友人、知人、同僚、すべての人が元気で笑顔でいられること。良い言霊だけを使ってもらえるように願い、みんな仲良く悪口は言わず、喧嘩をしない。ありがとうございます、という言葉を常に言葉に出すこと。
三つ目は、自分。自分が書いた、言った言葉で少しでも誰かが元気になったり、安らいだり、安心したり、笑顔になったり、笑い転げたり、癒やされたりすれば、これほどうれしいことはない。誰かが一人元気になったら連鎖で元気や幸せが連鎖します。自分の言葉に限らず、良い言葉があったらそれを書き、言い、伝える。それで、一人でも言葉で心身が良くなったら。そう願って、お導き頂ければという思い。お金は生活できればそれでいいし、不必要なお金はいらない、名誉もいらない、体は元気であってほしいけれど、食べ物と運動に気をつけていればいいでしょう。
言霊の神様だからこそ、言葉で誰かをできうる限り傷つけず、余計なことは聞かず、言わず、自然界のことを書きたい。自然界は常に人間を元の場所に戻してくれるから。すべての人を大事にすること、すべての人を赦してゆくこと、それができれば最高ですし、これからわたしが残った人生でやることです。言葉をもってして、あくまでも自身が悪い言霊、悪口や陰口、愚痴やマイナスな言葉を消滅させ、雨降ればうっとうしいけれど、植物、微生物、昆虫には慈雨であり、それは間違いないことだから、雨をそのように思うこと。自分は濡れてうっとうしいけれど、ほかのみんなは喜んでいる。そういう発想をさらに磨いてゆくこと。自分ではなんとも思っていなかった未来の不安を、人によって不安にならないこと。余計な不安はいらぬ。
そんな三つのことを思い声にして
紙で白い石を磨く。
汚れていそうなものを選んで
念じて磨く。
山の上の小さな祠のまわりにある白い石。もっと山の上に磐座があり、次にこの小さな祠が作られて、さらに麓の平地に事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)に
主祭神
- 己等乃麻知媛命 (ことのまちひめのみこと)
が祀られている。
みんなで山道を杖をついて、はあはあ言いながら、笑いながら、のぼった。
みんな白い石を紙で磨き、おのおの思っておられる。
そこで、わたしはもっと上に磐座へ参りますと申し、岡山の4人とはここで、ありがとうございました。これもご縁です、と挨拶を交わし、わたしはさらに山の奥へ。
ところが相当、磐座まで遠い。道もぬかるみ、土が掘り返された跡があり、おそらくこれは猪がタケノコを掘ったのではなかろうか、と後から想。もっと進むと、蜘蛛の巣をいくつも顔で破り、その都度、蜘蛛に謝り、さらに行くと、もう人がのぼった形跡がなく、石段ももちろんなく、山道があるだけ。さらに行くと完全な山中となり、
靴の裏はすでに剥がれていたので、危ない。うーん、ここはあきらめよう、と引き返す。汗だらだら。
たいていはみんな麓の境内で終わりだけれど、山の上の本宮までの山道だけは行きたかったし、行けた。けれど、磐座までは遠かったので止め。
麓に戻り、広い境内を歩く。じっと神殿の中を見入ったりする。
いくらかお言葉をいただいた。
もっと寄って。お顔を見せて。
はい。近寄る。
もっと真ん中に。
はい。真ん中に立つ。
女性の声だったから、おそらく四柱の中の、ことのまちひめのみこと様だと思う。
それから参拝者が来て、退き、遠巻きに神殿の中を見て、柏手を何度も。
隣の五社神社では、いつもの天照大御神様の声。
ありがとう。
ありがとうございます。
あなたは良い子
ありがとうございます
その他
どこかの祠でもお言葉を頂いたのだけれど、
どこで誰が言ったのか。
そうだ、金比羅神社の御祭神、大物主神(おおものぬしのかみ)大物主 - Wikipedia
でした。野太い声で、帰ろうとすると、
待ちなさい
戻って、一礼。
それだけだった。確か大物主神だったと思う。たくさんの神様が勢揃いだったので、
もうごちゃごちゃ。
驚いたのは稲荷大明神(いなりだいみょうじん)の御祭神
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)ウカノミタマ - Wikipedia
去年、京都は伏見稲荷で初めてお会いした神様
ここ事任八幡宮に祀られている。
さらに五社神社では
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)オモイカネ - Wikipedia
大国主命(おおくにぬしのみこと)大国主 - Wikipedia
火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)カグツチ - Wikipedia
東照大権現(とうしょうだいごんげん)東照宮 - Wikipedia
数多の神々が事任八幡宮に祀れていました。
ああ凄かった。最&高。
榊原さんと
日帰りで
朝から夕まで
奈良県は大神神社へ
本殿から西側全部の祠と寺
昼食はもちろん三輪そうめん
本殿から東側全部を堪能
スマホ万歩計
22000歩
くたびれましたけど
最&高
行って良かった
写真の『山邊道』の次は小林秀雄が書いたもの
『清明 三島由紀夫』の碑は
三島由紀夫とドナルドキーンが来て
『豊穣の海 「暁の寺」』取材の記念碑
終日 寝倒す
ーーー
昨日は11時 ツバキノオジと久屋大通の
コンビニで待ち合わせ
イートインでスマホ操作伝授
すぐに終わる
オジは飲み込みが早い
早速 LINEで音声入力
いけない言葉を音声で入力すると
「あかんて。こんなの家のヤツ(ハルカさん)に見られたら、怒られる」
と本気であわてる
ともかくレッスンはすぐに終わる
お土産というか
大量の梅干しをいただく
熱中症にならないようにと家のヤツと言ってて
かくかくしかじかでたくさんツバキノオジ家で
もらったはいいけれど
ありすぎて
とのこと
これはうれしい
ありがとうございます
後日談ですけど
数個だけ分けた先から「これは美味い。大粒の本物だ。売ってないない味だ」
と好評
その足で福生院へ
オジと二度目のお寺見学
数年前はまったく気づかなかった
木喰仏
雑多な錦の町中にある小さな寺院ですけれど
格式が高く
弘法大師も来ているし
木喰仏があるということは
木喰上人も来ていると思います
外の道路に観光バスが停まることもあるらしく
おそらくお遍路さんの一行ではなかろうか
と考
オジもここで写真を撮って
LINEのアイコンにしました
オジの写真もあるけれど
個人情報なので
残念
変わらず元気です
一月二日朝八時
熱田の森に入りし
木々こそ神と胸に宿し
参道を進
横に逸れ
引き返し
社殿祠を見つけては
参拝せん
ャbケに入れた五円玉
じゃらじゃら鳴らして
闊歩して
若向け言葉
「ヤバいヤバい!」
と胸に響かせ
ここ熱田の森は空恐ろしきほど
心のWi-Fiオンにせずとも
FreeWi-Fi発動し
繋がる繋がるありがとう
いくつか祠で
お言葉いただき
我感極まりて
拍手喝采
鶏を童が追っかけて
捕まえようとするけれど
鶏
ただ飄々と避けるのみ
鶏に会うとは珍しき
スマホで撮って
そうだ活動写真にしてみよう
としたけれど失敗なり
その時「こけっこう」鶏鳴くなり
兎にも角にも
熱田の森で
鶏が間近に寄って
下さるは
ありがたき事
この上なし
初詣の民ぞろぞろ歩き
去年より多きは
流行病が退散したか
あっぱれ民はマスクして
「あれあれこうした」
と発しては声をあげ
ああ二日はほどよく賑やかなりて
良き日の三が日
土偶で止まり
おそらくアマテラス様より
先に現れ消えた神々は
このようなスタイルをされていたかも
と胸に宿し
本殿で列に並び
参拝する事
平均値の十秒なる故は
後ろの民が声なき声で
「早くしろ早くしろ」
と腹に隠す故であり
それは初詣の賑わいで
当たり前のドデスカデン
次に入るは神楽殿
祈祷代六千円を払いて
神楽と巫女様の舞
これは一見に得る処
限りなく
所作の一つも
美しき
奉納の舞とはいえ
これ素晴らしくて拍手喝采
「スゲー」と若者言葉を胸に響かせ
笛太鼓とりどりに
神楽殿に響きを
我
体に堪能
はあ我の名前と住所
呼ばれた時は
「ああ我の名前だ飛ばされなく良かった」と
我も頭を垂れる民らも
安堵の思いを腹に隠し
多々のおさがり袋詰め
巫女様から頂戴し
小径の森を進み行き
ああ寒いもう帰りたいと
時計を見れば
熱田の森で三時間
きれいになるとかならぬとか
岩に三回民らに交じって水をかけ
道行けば鐘は鳴らぬが当たり前
荒魂の祠を参拝し
これ神様の裏の顔
仏様なら不動明王と同じかな
と胸で考
兎にも角にも
寒くて堪らず
電熱ベストのバッテリーを替え
マックス真っ赤で電線男と成り果てて
ああこんなところに年神様が祀られたいるとは
仰天する事この上なし
天晴れ熱田の森の深きなり
今度は春にも一度参ろう
と胸に宿し
我
胸で激しく歓喜の声上げ
地下鉄車両に乗り
両手を振って
帰路行進
氏神様
多奈波太神社
御祭神
天之多奈波太姫命(あめのたなばたひめのみこと)
應神天皇(おうじんてんのう)
須佐之男命(すさのおのみこと)
天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
大己貴命(おほなむちのみこと)
天之多奈波太姫命は
機織りの神様です
ここから北へ
上小田井あたりまで
さらに北へ
一宮あたりまで
紡績の街だったと思います
今でも機織り工場跡が
残っていて
数は少なくなっただろうけれど
紡績工場があるのではないでしょうか
毎年
初詣に来るのだれど
今年は
何かが
違った
寝正月
帰宅して
すぐに寝入る