kotoba日記                     小久保圭介

言葉 音 歌 空 青 道 草 木 花 陽 地 息 天 歩 石 海 風 波 魚 緑 明 声 鳥 光 心 思

書きたい

2011年09月29日 | 生活
どうやって、
生きて、
どうやって、
死んでいったか。

---

村田喜代子という、
小説家が、
確か、
九州在住だったような、

---

文学を作るのは、
言葉ではない。
音楽だ。

---

「えんえん」

ジュピターを超える創作。そして、顰蹙。

実際を帯び始めてきた、
プロット。
書きたい。

木道

2011年09月27日 | 生活
西に森あり。
地下鉄の中で読むのは、
震災詩、和合亮一さん。
宮澤賢治が放った言葉の、
引用が、
最初のほうに、
二回か、
三回、
出てきて、
繰り返される賢治の言葉が、
和合亮一さん、
に、
力を与えて、
いた、
ように、
思えて、

---

道路、
何かと思ったら、
蝶の影。

大きい家に住んでいる人もいれば、
小さい家に住んでいる人もいる。

「木道」

御輿を担ぐみたいに、
メ[タブルトイレを、
担いでいた、
垂れる尿があるのか、
臭うのか、
男たちの笑いが天に昇り、
メ[タブルトイレは、
しばらく御輿となって、
担がれ、揺れる。
歓喜が、
火柱のように、
空へまっすぐ、
昇っているのを、
聞いた。

夜の始まりの時。
喫茶店のない街、
地下鉄のホームの、
白い椅子に、
僕らは座って、
98円の缶コーヒーを飲んで、
いた。
ずっと、笑っていた、
女子高生のように。
あまり、
大声で笑ってしまうものだから、
注意して、小声にしたけれど、
笑は大笑となり、
キリもなく、
続いていた。
何度、
地下鉄は、
通り過ぎていたのだろう、
誰が乗り降りしていたのだろう、
僕らは何も聞かず、見ず、
くだらない話を、
ずっと。

秋分

2011年09月23日 | 生活
本当の鳥の声だと思っていました。
今日、どこにいるのだろう、
と見上げても、
判らない。
鳴き方が定まっていて、
え、
と、
思い、
これは、録音だ、
偽鳥だ、
と気がつきました。
労働場の、
敷地内から、
それは聞こえ、
どこかにスピーカーがあるのです。
偽鳥の鳴き声でも、
気分は悪くないので、
僕は聡怩アけました。
青天です。

今日は、
何かおかしいな、
妙だな、
と思ったら、
秋分の日でした。
やっと暑さも和らぎ、
過ごしやすく、
今日から、
中断していた手弁当の再開です。
暑さは、
やる気を奪うことに、
涼しくなって改めて、
気づきました。

足のわるい人が、
「タクシー来ないかな」、
と後ろを振り返りながら、
大通りまで歩いてゆきました。
来たと思って、
手を挙げたら、
空車じゃなくて、
「空車じゃない」
と僕が言い、
無言で、
時折、
振り返り、
西に向かって、
歩いてゆきました。

雲は南東へ、
ゆっくり向かっていて、
地上の旗は南風を示していました。

rain-bow

2011年09月22日 | 生活


9月19日は、
脱原発のデモに行きました、
と書きたいけれど、
急用が入ってしまい、
名古屋の白川公園のデモに、
行けませんでした。
その日、
東京の明治公園では、
6万人集まったそうです。
その画像や動画を見ていると、
ああ、ここにいたかった、
と思いました。
しんなりとした気分で、
終日、用事に従事していて、
せっかく休みをとったのに、
とも思ったけれど、
デモにゆくな、
というふうなのかも知れません。

何か、気落ちしてしまっていて、
いろんな人に電話して、
夜、電話した知人の声で、
やっと、元気になりました。

ーーー

昨日は、
労働場から、
西にある、
貞Mを見ていました
その向こうに、
白杖が見え、
盲人が、
北から南へ、
道路を渡りました。
Tさんに言うと、
「多少は見えるんだろうな」
と言いました。
横断歩道のないところだったから。
彼が向かった先は、バスターミナルと、
地下鉄の駅です。

昨日、一昨日と、
大雨で、
昨日は、
Tさんが、軍手をくれました。
「手が冷たいといけないから」
と。なんて優しい人なんだろう、
と思いました。

午後は、陽がぼんやりと見え、
台風の目かな、
と思いました。

ーーー

そして、
今朝、台風の天候のせいでしょう、
西の空に、
大きな虹が出ていました。
虹が出ていれば、
すぐに虹友に、
メールするのですけれど、
朝も早かったので、
メールはよしました。
窓を開けると、
秋の風です。
伸びをして見たのは、
青、
きれいな空。
レインボーのレインは、雨だから、
ボーは、きっと、求A旧`、楽器。
だから、rainとbowを離してしまって、
雨の楽器、虹を奏でる僕たちの指。

昼には、
白い月も、
空に見えました。

冷麺

2011年09月17日 | 生活


スワッチと労働です。
まだ暑いけれど、
もう氷はいりません。
秋がたくさん来ているのだから。

写真は、
お米屋さんの店先に咲いている、
ハイビスカスの花です。

弁当を持っていったのですけれど、
スワッチの労働場で、
一度入ってみたい、
ラーメン屋があって、
ランチが安くて、たくさんある、
というふうに聞いていました。
スワッチの労働場は、
もうすぐ終わるので、
この機会にと思って、
弁当は夜ご飯にまわして、
ラーメン屋に行きました。
「暑いので、冷たいやつがいいね」
と勧められるので、
冷麺のセットにしました。
お店は、中国の人がやっていて、
常連の夫婦がやってくると、
そのご家族のことを、
「(家族は)みんな、元気?」
と、
水をテーブルに置きながら、
訊いていました。


イノさんの音

2011年09月15日 | 生活


写真は、こないだ12日に、
撮ったものです。
青い字で、
石と書いてあって、
いいな、
と思って、
収めておきました。

今日は、
イノさんが、
石を積んでいる音が、
聞こえました。
音がしたので、
見ると、
イノさんが、
積んでいたのです。
僕から見ると、
北のところに、
イノさんはいて、
ひとつ、
またひとつ、
石を積んでいました。

建物の南西角は、
風の通り道になるので、
そこで、
背に涼を得ていました。

ダッシュ

2011年09月14日 | 生活
芝生の上に、
トンボが飛んでいました。
随分、久しぶりの方と労働で、
お元気そうで何よりです。
製氷器があるとばかり思っていたのですけれど、
ここにはなく、
だんだん、
暑くなってきたので、
やばいなと思い、
お昼休みに、
自転車を漕いで、
家まで氷を取りに戻り、
数分でご飯を食べ、
すぐに労働場に戻りました。
そこそこ、
近い労働場で良かったです。
そいで、
氷を脇に挟んで、
暑さをしのぎました。

朝、加藤のオジに会いました。
「がんばれよ」
と言われました。
「はい」
と答えました。

夜は、涼しく、
虫も鳴きます。
夕暮れ、
カラスが南に向かいました。

ショルダーバッグ

2011年09月13日 | 生活
昨日と同じ労働場です。
以前、僕の鞄の肩鰍ッが、
地下鉄の中で、
切れてしまいました。
同乗していた藤田さんが、
「小久保さん、買わなくていいからね」
と言い、
今日、藤田さんに、
鞄を頂きました。
アーミーのショルダーと、
小さいショルダーの二つを。
どちらも、
きっと高いので、
お昼の弁当代ぐらいは、
と思って、少額で、
ありがたくいただきました。
どちらも新品で、
ネットで注文したらしいのだけれど、
微妙に商品が違うので、
買い換えたのだそうです。
凄く、僕の気にいる品だったので、
うれしかった。

ライブ

2011年09月12日 | 生活
先週、クラブクアトロで、
ハンバートハンバートのライブに、
行ってきました。
2DAYSの、
2日目で、
相変わらず、
美しい声と声の二人でした。
出会うべくして出会った、
どちらが欠けても、
成立しない音楽で、
それ以上でも、
それ以下でもありません。
欲しかったCD「さすらい記」も買いました。
時代は便利になり、
SNSのサイトで、
ライブが終わった夜に、
すでにセットリストが、
発表されていました。

今日は、山から、
セミが鳴っていました。
すでに、
街中では鳴き終えているのだけれど、
こうして、
少し、市内のはずれまで来ると、
セミが鳴いています。
緑草の上に、トンボが飛んでいます。
風は、
南から吹いてきています。
まだ暑くて、
氷を挟んでの労働です。



おべんとう

2011年09月11日 | 音楽


ハンバートハンバートの、
「さすらい記」
というアルバムを聴きました。
「おべんとう」、
という歌が入っています。
シンプルな歌詞ですけれど、
胸に響く歌です。
生活を歌った歌で、
こんなに美しい歌は、
久しぶりで、
何度も、
繰り返して、
聴きました。

「さめても、おいしい」
この歌詞は、
なんだろうと思います。
おべんとうは、
さめても、おいしい。
それだけしか、
この歌は歌っていません。

極めて、
平明にして、
源まで届く歌詞と声です。
ハンバートハンバート、
は、
全部、
と言ってよいほど、
ちゃんと聴いている僕が思うに、
「おべんとう」は、
真骨頂かもしれません。
「虎」という歌も、
好きです。

吉本ばなな著「キッチン」で、
カツ丼を運ぶシーンが印象に残っています。
あのカツ丼も、
きっと到着した時は、
さめていたんじゃないだろうか、
と、
小説の内容を忘れてしまったのですけれど、
きっと、さめていたはず。。
「さめても、おいしい」
という繰り返し歌うところで、
キッチンのカツ丼を、
思い出しました。

湯楽

2011年09月02日 | 生活
僕の行動範囲は、
狭くて、
図書館、
ピアゴ、
バロー、
スギ薬局、
きよひら、
八百屋、
ゲオ、
100円ショップ、
喜多の湯、
ぐらいです。
もうちょっと、
休みの時でも、
遠くまで行ってもいいんじゃないか、
と思うのだけれど、
毎日、いろんな労働場に巡業しにいっているので、
休日とか、
休日前は、
喜多の湯です。

温泉は良いです。
温かいし、
気持ち良いし、
からんからんと、
音は響くし、
みんな静かにしているし、
湯気だし、
デジタルはないし(最近、テレビが露天風呂についてしまったけど)
(それをみんな見ているのだけど)、
寝ころびの湯はあるし、
そこで寝てる人もいるし、
毎月替わる、色つき匂いつきの、
湯船はあるし、
ジェットバスで筋肉はほぐれるし、
熱くなったら、
湯船に腰鰍ッて、
足湯してればいいし、
雨が降っても、
露天だから、
気分が良いし、
みんな裸で、
無防備で、
だって、
みんな、
ちんちん出して、
いるのだから、
原始だし、
ありのままだし、
喧嘩なんて、
起きそうもないし、
平和だし、
論争もないし、
湯船だって、
譲り合うし、
いっぱいでも、
「どけよ」
なんてないし、
炭酸の湯もあるし、
シャンプーだって、
ボディシャンプーだってあるし、
リンスもあるし、
芯から温まって、
元気になります。

ボブ

2011年09月01日 | 音楽
ここには、
ユーチューブの、
ボブ・マリーのライブ映像を、
貼っていたのですけれど、
ちょっとうるさい(音量ということではなく)、
感じがしてきたので、
消してみました。

最近、なるべく、
人に、触らないようにしよう、
と心がけています。
触る、
という言い方は、
柄本明が、
高田渡について、
インタビューを受けていた時の、
言葉です。
「触ってこないんだよね(渡は)、そういう芝居が理想」
です。
「存在のうるさくない人」
という言い方をしたのは、
大貫妙子でした。
僕は触ってしまうし、うるさい存在だから、
注意しなくちゃ、
と思います。
その点、
労働場で、
働く人たちは、
本当に、
触ってきません。
うるさくもない。
こういう人たちが、
見本です。
静かで、ただ労働をする。
茨木のり子の「みずうみ」
という詩の中で、

 人間は誰でも心の底に
 しいんと静かな湖を持つべきなのだ

 田沢湖のように深く青い湖を
 かくし持っているひとは
 話すとわかる 二言 三言で

 ・・中略

 教養や学歴とはなんの関係もないらしい
 人間の魅力とは
 たぶんその湖のあたりから
 発する霧だ 

僕は湖を持っている人と、
持っていない人を思い浮かべてみました。
すると、
思ったよりも、
多くの人が、
この人は、
湖なんてないよ、
と思っていた人が、
思ってみると、
あるんです、みずうみが。
きっと、
本当は誰もが、
湖を持っていて、
そこから発する霧、
を感じることができるのは、
自分の状態ではないだろうか、
と思います。
谷川俊太郎も、
どこかの詩で、
「僕達は本当は静かなものを愛した」
と、
そういえば、
書いていました。

(コメント、拍手を頂いているにもかかわらず、内容を変えてしまい、すみません)
 


天神山

2011年09月01日 | 生活
今日は天神山に行きました。
名前からして、
良い町名です。
弁天通りを西に向かい、
浄心を超えて、
すぐのところに、
労働場はありました。
Wさんという方と、
一緒に労働しました。
労働後、
コーヒーをご馳走になりました。
喫茶店で、
何事かをしばらく、
話していました。
また一緒に、
労働したいです。