新大久保ではチーズドック、鶴橋ではトッポギを食べました。今回モラタメでホットクと、チーズボールを食べます。前回数が多すぎて断念しましたが、今回は冷凍庫に入る量なのでよかったです。ホットクはあんこが入ったシナモン風味のパンケーキ。チーズボールはしょっぱ、あま、ややしょっぱ、という味です。グラタンやピザのチーズが食べれない20代の青年は、「あ、これなら食べれるっす。うまいっす」と言ってました。あ~またみんなで鶴橋ツアーしたい====ちっコロナめ!
ジャガイモの話の続き・・今回はジャガイモの発祥の地と、世界およびわが国にどの
ように伝わったかについて・・です。
ジャガイモは、南米アンデス中南部のペルー南部にあるチチカカ湖畔が発祥とされ、
紀元前5000年頃から栽培されました。その頃のジャガイモは野生に近いもので、そ
のままでは毒性があり苦くて食べられないため、アク抜きして粉にしたり、乾燥して
水に戻してたべた・・と言います。
このジャガイモを世界に伝えたのはインカ帝国を征服したスペイン人で、1570年ごろ
のこと。その後30年かけて1600年ころにはヨーロッパ諸国に伝わりますが、当初は
食料としてではなく植物学者による菜園栽培が主でした。また観賞用としてフランス
の宮殿では花として栽培されたりもしました。
ジャガイモを最初に主食としたのは17世紀のアイルランドです。そして、1621年には
アイルランド移民により北アメリカに伝えられます。アイルランドはジャガイモを主食と
することで人口が増加しますが、19世紀中頃ジャガイモの疫病による凶作で100万人
以上の餓死者が出ました。その影響でアイルランドから150万人が移民として北米や
豪州などに向います。のちに米国大統領になるケネディの祖先はその一人でした。
はなし変わって、ジャガイモがわが国に渡来したのは1598年のこと、オランダ人によ
って持ち込まれました。ジャワ島のジャガタラを経由で伝来したのでジャガタライモと
名付けられ、それが短縮してジャガイモになりました。
その後、江戸時代に徐々に広まりますが、本格的な栽培は明治に入ってから。北海
道開拓が始まり、外国品種の導入や新品種の育成などで、生産性が向上し全国的に
栽培されるようになります。明治40年、函館に農場を持つ川田龍吉が米国から導入し
たジャガイモが今の「男爵」です。川田が男爵だったのでその名がつけられました。
ジャガイモが、インカからスペインにわたって現在に至るまで、歴史の中で色んな役割
を果たしてきました。それはまた機会をみてお伝えしたいと思います。レシピはジャガ
イモの料理二つ・・「ジャガイモのサラダ」と「クリームマッシュポテト」です。
参考文献
伊藤章治「ジャガイモの世界史」中公新書 2008年
山本紀夫「ジャガイモのきた道」岩波新書 2008年
茹で卵・フランクフルトソーセージ・茹でエビ入りのポテトサラダです。エビはブラックタイガーを
使いました。栄養成分はレシピ分量を4人分と2人分での表示で、2人分なら主菜にできる内容
です。カルシウムが物足りないので、若布と油揚げ入りの味噌汁を添えるとカバーできます。
材 料 ・・2~4人分
ジャガイモ 2こ 200g ・・皮むきして2センチ大の角切り
にんじん 1/2本 60g ・・皮むきして1.5センチ大の角切り
胡瓜 1本 60g ・・板ずりして5ミリ巾の筒切り
玉子 1こ 55g ・・茹でて1センチ大の角切り
ブラックタイガー 7尾 80g ・・皮むき・水洗いしてザルにあげる
フランクフルト 1本 80g ・・縦二つ割りして1センチ巾に切る
マヨネーズ 30g
塩 適宜
パセリ 適宜
作り方
具材の下こしらえ
1.鍋にジャガイモと人参を入れて水をかぶるほど入れ、塩一つまみ
加えて茹でる・・茹でる時間は、沸き立ってから12~13分ほど。
・・茹で上がったらザルにあげて冷ましておく・・
2.ブラックタイガーは塩一つまみ加えた熱湯で茹で、ザルにあげて冷ます。
・・冷めてから半分に切る(小さいエビならそのまま)・・
3.刻んだ胡瓜に薄く塩を振ってなじませ、軽くもんでから固くしぼる。
具材を合わせマヨネーズで和える
ボウルに茹でたジャガイモと人参を入れ、塩もみした胡瓜を加える。
あと、ブラックタイガー・フランクフルト・茹で卵・マヨネーズを加えて
ざっくりと混ぜる。
器に盛り付け、パセリをのせてできあがり。