熊本熊的日常

日常生活についての雑記

枯枯衰衰

2009年04月30日 | Weblog
勤め先のエレベーター内や受付にあるスクリーンに常時ブルームバーグのテレビ放送の映像が流れている。そこに流れている日本語放送が本日をもって終了するのだそうだ。

「ブルームバーグ」が何なのかという説明は割愛させて頂くが、世界を網羅するサービスから日本仕様に特化されたものが、ひとつまたひとつと廃止されているように思う。3月に大学の同窓会に出席したときも、日本市場の退縮を嘆く声を少なからず耳にした。統計上は依然として世界有数の経済大国だが、明らかにその盛りは過ぎ刻一刻と衰退しているように感じられる。

この国の盛衰と自分の人生が重なって見えるのは面白いことだ。経済成長とともに自分の成長期があり、列島改造ブームの時、それに続く第一次石油危機の時には小学生だった。経済での日本の存在感が世界のなかで突出し始め、日本と欧米との貿易不均衡が問題になったり、プラザ合意に象徴される外国為替相場の政治的調整が実施された頃に、社会人生活を始めた。その後、バブルの時期に勤務先からの派遣という形で英国の大学に留学しMBAを取得した。そのバブルが崩壊し、日本経済が長期に亘り凋落するなかで、家庭を持ったり、社会人としてのキャリアを積んだり、それなりに背負うものが増えていった。

世紀の変わり目の頃に「ITバブル」と呼ばれる好景気があり、そこで自分も初めて組織の管理職というものを経験したが、911テロで世界が揺れるなかで組織のリストラに遭い、職を失った。ところが、解雇通告を受けた翌日に、街で以前の職場の同僚と13年ぶりに再会し、縁あってその人の勤務先に採用されることになった。以来3年半に亘って企業再生という時代の要請に合致しているかのような仕事にかかわった。しかし、そのような仕事にかかわることに周囲が心配し、「すぐ辞めたほうがいい」とか「君の人生の汚点になる」という諸先輩の御意見もあり、マネー・ロンダリングならぬキャリア・ロンダリングのつもりで、新聞広告で見つけた職場に転じた。

案の定、退職した再生系企業との訴訟事に巻き込まれたが、おかげで裁判の戦い方というものを実地に学ぶことができた。裁判というのは特殊なことのように思われるかもしれないが、実際に経験してみると、それは生きることへの示唆に富んでいる。自分が被告だったので裁判に勝っても金銭的に得るものは何もなかったが、経験として学んだことは大きかった。弁護士費用はそれなりだったが、それに見合うだけの勉強ができたと思っている。

原告の主張を全て退ける完全勝利とも言える判決が確定した後、その裁判での学習効果を発揮すべく、それまで計画を暖めていた離婚を実行に移した。長年連れ添った相手なので、考えそうなことが手に取るようにわかり、離婚通告から離婚届の提出まで5ヶ月で済んだ。実際の交渉事に要したのは最後の1ヶ月程度でしかない。これにはロンドンへの転出が大いに役に立った。

それまで築いたものを捨て去り、見知らぬ街で新たな生活を始めた矢先、世界経済も大きな変化に見舞われた。異国の地で路頭に迷うよりは、勝手知ったる場所のほうがよいだろうと思い、今年はじめに帰国して、今日に至っている。

これから世の中がどうなるのか知らないが、ここから日本経済や世界経済が立ち直るなら、それに合わせて自分の生活も立ち直るのかもしれない、などと都合の良いことを考えている。