お茶の稽古の後、家禄と三三の二人会を聴きに行く。会のはじめに義捐金の話があった。金額は払う人が決めることにして、今回の落語会のチラシを買うと、終演後に家禄と三三がそのチラシにサインをするというものだ。当初、終演後にふたりが募金箱を持って客を見送るというものだったという。しかし、それはいかがなものかということになったのだそうだ。気持ちの表現方法は募金だけではないはずだろうというのである。気持ちは勿論大事だが、何が復興のために本当に役に立つのかということを考えることも大事だろう、というようなことも語られていた。私もその通りだと思う。街角で募金箱を持って、募金を集めることが悪いことだとは思わない。しかし、子供ならともかく、大人ならば、募金箱を持って突っ立っている時間を、働くなりアルバイトをするなりして給金をもらい、その自分の金のなかから義捐金を赤十字なり自治体なりのしかるべき組織に直接送金するようにすれば、経済活動も活発になり、それが巡りめぐって復興にもより長期的かつ安定的に寄与することになるだろう。また、他人の金を集めることを考えるのではなく、自分の金を送ることで、ひとりひとりにとってより意義深いものになるのではないか。そういう意見も語られていて、確かにその通りだと深く同意できる。失業率を見ろ、仕事なんかないぞ、という意見もあるかもしれない。しかし、少なくとも私の身の回りで「アルバイト募集」の張り紙はいくらで目にすることができる。今度、空き時間を使ってアルバイトをすることができるものかどうか確かめてみようかとも思っている。
3月11日の震災からもうすぐ丸一ヶ月になる。東京も震度6の揺れで、その直後からは買い溜め騒動が起こった。原発事故がいつになったら終息するのか見当もつかない状況は相変わらずだが、被災した人もしなかった人も生きていくという現実を抱えているのである。自分が義捐金として大きな金額を提供したということを声高に吹聴する人もいるようだが、純粋に気持ちを表現したいのなら余計なことは言わないものだ。義捐はあくまでもそうしたいという気持ちがあってのことであり、他人に強制されるものではないし、広告宣伝の手段でもない。桜が咲き乱れる時期だが、花見を楽しむことができる状況にある人は、誰に遠慮することなく花見を楽しめばよいのではないだろうか。祭が好きな人は、それを楽しめばよいし、政が好きな人は、世のため人のために尽力すればよい。そうした通常の日常を通じて、被災地の復興も粛々と進捗するというのが健全な社会というものではないのか。勿論、非常時なのだからなんらかの特別措置も必要だ。それを立案し実行するために政治と行政があるのではないか。形ばかりの「視察」で仕事をしているふりをして、復興作業に忙殺されている自治体や関係者の人々に不愉快な思いをさせたり、そのために限られた警備要員を動員したり徒に経費を浪費するのは政治とは言えない。機能不全に陥った政治は制御不能に陥った原発以上の害悪だ。
さて、落語のほうはそれぞれが得意の噺を熱演するというオーソドックスなものだった。古典は道具立てや登場人物の言葉が現在では見聞きできなくなってしまっているものがあるので、そのままではわかりにくいことがあるのは確かだと思う。しかし、口演者の技量があれば、そうした些細な障害を超越して、噺のなかの登場人物たちの心情が素直に伝わってくるものだ。落語はいいものだとつくづく感心した。
本日の演目
「二人旅」 柳家まめ禄
「大工調べ」 柳家三三
(中入り)
「二階ぞめき」 柳家家禄
会場:北区 赤羽会館
開演:17時00分
閉演:19時15分
3月11日の震災からもうすぐ丸一ヶ月になる。東京も震度6の揺れで、その直後からは買い溜め騒動が起こった。原発事故がいつになったら終息するのか見当もつかない状況は相変わらずだが、被災した人もしなかった人も生きていくという現実を抱えているのである。自分が義捐金として大きな金額を提供したということを声高に吹聴する人もいるようだが、純粋に気持ちを表現したいのなら余計なことは言わないものだ。義捐はあくまでもそうしたいという気持ちがあってのことであり、他人に強制されるものではないし、広告宣伝の手段でもない。桜が咲き乱れる時期だが、花見を楽しむことができる状況にある人は、誰に遠慮することなく花見を楽しめばよいのではないだろうか。祭が好きな人は、それを楽しめばよいし、政が好きな人は、世のため人のために尽力すればよい。そうした通常の日常を通じて、被災地の復興も粛々と進捗するというのが健全な社会というものではないのか。勿論、非常時なのだからなんらかの特別措置も必要だ。それを立案し実行するために政治と行政があるのではないか。形ばかりの「視察」で仕事をしているふりをして、復興作業に忙殺されている自治体や関係者の人々に不愉快な思いをさせたり、そのために限られた警備要員を動員したり徒に経費を浪費するのは政治とは言えない。機能不全に陥った政治は制御不能に陥った原発以上の害悪だ。
さて、落語のほうはそれぞれが得意の噺を熱演するというオーソドックスなものだった。古典は道具立てや登場人物の言葉が現在では見聞きできなくなってしまっているものがあるので、そのままではわかりにくいことがあるのは確かだと思う。しかし、口演者の技量があれば、そうした些細な障害を超越して、噺のなかの登場人物たちの心情が素直に伝わってくるものだ。落語はいいものだとつくづく感心した。
本日の演目
「二人旅」 柳家まめ禄
「大工調べ」 柳家三三
(中入り)
「二階ぞめき」 柳家家禄
会場:北区 赤羽会館
開演:17時00分
閉演:19時15分