初診から六週目に、ようやく、女医は患者をトラウマと対峙させるべく、院内の心理師にサイコ・セラピー(心理療法)を任せた。
圭子は、いよいよその時が来た、と腹を括った。
「こんにちは。
カウンセラーの高梨です」
と、優しげな目をした初老の男性が挨拶した。
「はじめまして。
よろしくお願いします…」
と、圭子は、カウンセラーの醸しだす仄暖かなオーラを感じとって、いくらか安心した。
「ドクターからメモを拝見いたしました。
ずいぶんお辛い体験をなさいましたね…」
いきなり核心から迫られてきた。
「えぇ…」
とは言ったものの、やはり、二の句が出ずにいた。
(泣いてもいいんだ…)
と、圭子は、自制のサイド・ブレーキを外すことにした。
すると、苦もなく涙があふれた。
カウンセラーもまた、その涙が溢れるにまかせ、すぐには問い質すことはしなかった。
哀しく辛い出来事を、カウンセリング室という自由にして護られた空間で、再体験して、その感情を十分に味わうことがグリーフワークの第一歩でもあった。
それは、習熟したカウンセラーによって、安全感・安心感・大丈夫感を提供された場でこそ出来る「こころ」と「たましい」の治療でもある。
高梨は、ひとしきり、涙が出切るのを待って、
「ご自身を責めておられるんですね…」
という言葉をかけてみた。
クライエントは、鼻水を啜(すす)りながらコクリと頷いた。
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