正月なので、
あまり動きもせずに
ゴロゴロしてるせいか、
坐骨神経痛でオシリの鈍痛が
ぶり返してきた。
人生初めての部位の
違和感だが、なかなか
その症状に慣れず、
ボディーブローを喰ったように
憂鬱感を与えてくれる。
出来るなら、
その部分だけを餅みたいに
切り取って捨てたい気分である(笑)。
仕方なく、
ストレッチをしたり、
湿布を貼ったり、
サロメチールを塗ったりと、
オシリの養生に
手を尽くしてる毎日である(笑)。

正月三が日さいごの昨日は、
久しぶりの好天気で、
散歩に出て近所の八幡様に
初詣してきた。
「どうぞ、オシリの痛みが
早く治りますように・・・」
とお祈りした。
祠から吾妻山がきれいに見え、
本格的な冠雪で
「小富士」の形が際立っていた。
オシリガイタイ・・・
イタイガリシオ・・・
なんて、尻取り回文を
呪文のように唱えながら
臀部の筋肉をモミモミして歩いた。

今年の上半期の
【自学課題研究】は、
マーラーの勉強をしようと
アマゾンで書籍類を注文した。
マーラーは交響曲10曲と
歌曲数曲と、作品数が少ないので
短期的に俯瞰できそうな気がする。
フリーダウンロードのスコア類も
すべてプリントアウトしたので
これから、伝記や書簡を読み、
人となりを識って、
さらに、スコアを読み、
歌曲集の歌詞を味わってみたい。
心理のお弟子さんたちには、
ある分野の勉強をするのには
最低10冊の入門編・応用編・伝記類を
読みなはれ・・・と指導している。
それで、どうにか
「初学者」くらいには
なれるものである。
「専門家」を自負したいのなら、
最低100冊単位(2~300冊)は必須で、
「権威」たらんとするならば
1000冊単位である。
青年期や壮年期なら
それもまた可能なのである。
文献研究やスコア分析は
たいしてお金がかからず、
深く没入できるので
ボンビー学究者には
おあつらえ向きである(笑)。
今年下半期は、
ベートーヴェンの
【生誕250年イヤー】なので、
この期に、インテンシヴに、
主要作品のアナリーゼをしてみたいと
考えている。
何処まで
深く辿り着けるかは
予想だにつかないが、
ベートーヴェンの魂が
垣間見えたら儲けもんである。

明日の『ジュニオケ』の
公開プログラムの勉強を
正月中ずっとしていた。
『ファウスト』の筋を読み、
そして、グノーの
『バレエ組曲』のスコアを読み、
ピアノでも弾いてみた。
チャイコの『スラヴ行進曲』も
ユーチューブにアップされていた
十数曲を聴き比べ、
自分ならこう弾くと
ピアノでやってみた。
オッフェンバックの
『天国と地獄』序曲は、
既知の「運動会のテーマ」前までの
未知だった部分をずいぶんと検討した。
***
好きだからこそ
やっている音楽の勉強だが、
それも自分の演奏に繁栄されるだろう
とは思っている。
今月は、
音楽堂で、再度、
フラメンコ・デュオを演奏する。
すべて、
自分で書いた楽譜なので、
暗譜はもとより、曲の構造、
聴かせたい部分、
見せたい部分(笑)、
は知悉している。
ほんとうに、曲を理解し、
自家薬籠にある、という状態とは、
楽譜にも書け、何処からでも
演奏できるということなのだろう。
幼少の頃から
何千回は弾いただろう
『禁じられた遊び』も
『アルハンブラの想い出』も、
そういう意味では
完全に理解している。
もっとも、
そこまでには
数十年の歳月があったからであり、
半年ばかりの
マーラーやベートーヴェンの勉強では
とてもそのレベルまでは
達するのは不可能である。
あまり動きもせずに
ゴロゴロしてるせいか、
坐骨神経痛でオシリの鈍痛が
ぶり返してきた。
人生初めての部位の
違和感だが、なかなか
その症状に慣れず、
ボディーブローを喰ったように
憂鬱感を与えてくれる。
出来るなら、
その部分だけを餅みたいに
切り取って捨てたい気分である(笑)。
仕方なく、
ストレッチをしたり、
湿布を貼ったり、
サロメチールを塗ったりと、
オシリの養生に
手を尽くしてる毎日である(笑)。

正月三が日さいごの昨日は、
久しぶりの好天気で、
散歩に出て近所の八幡様に
初詣してきた。
「どうぞ、オシリの痛みが
早く治りますように・・・」
とお祈りした。
祠から吾妻山がきれいに見え、
本格的な冠雪で
「小富士」の形が際立っていた。
オシリガイタイ・・・
イタイガリシオ・・・
なんて、尻取り回文を
呪文のように唱えながら
臀部の筋肉をモミモミして歩いた。

今年の上半期の
【自学課題研究】は、
マーラーの勉強をしようと
アマゾンで書籍類を注文した。
マーラーは交響曲10曲と
歌曲数曲と、作品数が少ないので
短期的に俯瞰できそうな気がする。
フリーダウンロードのスコア類も
すべてプリントアウトしたので
これから、伝記や書簡を読み、
人となりを識って、
さらに、スコアを読み、
歌曲集の歌詞を味わってみたい。
心理のお弟子さんたちには、
ある分野の勉強をするのには
最低10冊の入門編・応用編・伝記類を
読みなはれ・・・と指導している。
それで、どうにか
「初学者」くらいには
なれるものである。
「専門家」を自負したいのなら、
最低100冊単位(2~300冊)は必須で、
「権威」たらんとするならば
1000冊単位である。
青年期や壮年期なら
それもまた可能なのである。
文献研究やスコア分析は
たいしてお金がかからず、
深く没入できるので
ボンビー学究者には
おあつらえ向きである(笑)。
今年下半期は、
ベートーヴェンの
【生誕250年イヤー】なので、
この期に、インテンシヴに、
主要作品のアナリーゼをしてみたいと
考えている。
何処まで
深く辿り着けるかは
予想だにつかないが、
ベートーヴェンの魂が
垣間見えたら儲けもんである。

明日の『ジュニオケ』の
公開プログラムの勉強を
正月中ずっとしていた。
『ファウスト』の筋を読み、
そして、グノーの
『バレエ組曲』のスコアを読み、
ピアノでも弾いてみた。
チャイコの『スラヴ行進曲』も
ユーチューブにアップされていた
十数曲を聴き比べ、
自分ならこう弾くと
ピアノでやってみた。
オッフェンバックの
『天国と地獄』序曲は、
既知の「運動会のテーマ」前までの
未知だった部分をずいぶんと検討した。
***
好きだからこそ
やっている音楽の勉強だが、
それも自分の演奏に繁栄されるだろう
とは思っている。
今月は、
音楽堂で、再度、
フラメンコ・デュオを演奏する。
すべて、
自分で書いた楽譜なので、
暗譜はもとより、曲の構造、
聴かせたい部分、
見せたい部分(笑)、
は知悉している。
ほんとうに、曲を理解し、
自家薬籠にある、という状態とは、
楽譜にも書け、何処からでも
演奏できるということなのだろう。
幼少の頃から
何千回は弾いただろう
『禁じられた遊び』も
『アルハンブラの想い出』も、
そういう意味では
完全に理解している。
もっとも、
そこまでには
数十年の歳月があったからであり、
半年ばかりの
マーラーやベートーヴェンの勉強では
とてもそのレベルまでは
達するのは不可能である。
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