報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「家族旅行当日」

2017-01-10 19:38:44 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月31日10:45.天候:晴 埼玉県さいたま市・稲生家]
(稲生家が複数で行動する為、これより稲生家の者に限り、下の名前表記とする)

 初期の“ホーム・アローン”シリーズでは、旅行当日に寝坊した家族に置いてきぼりにされた少年が主人公であった。
 ここではどうなのかというと……。

 マリア:「タクシーが来ました!」(英語は和訳して斜字でお送りします)

 マリアが英語で稲生家の面々に伝える。
 尚、マリアは稲生の両親の前では自動翻訳魔法を使うのをやめている。
 素の英語か、片言の日本語かを使い分けることにしている。
 長野の屋敷でもそれでいいじゃないかと思うだろうが、今度は他の魔道師が英語も分からないロシア圏出身者が多いものだから、自動翻訳魔法を使っている方が便利だったりする。

 勇太:「はーい!父さん、急いで!」
 宗一郎:「まだPCの充電が済んでいない」
 勇太:「そんなの新幹線の中で充電すればいいじゃない!」
 宗一郎:「そうだった。母さんはどうだ?」
 佳子:「いつでもOKよ」
 勇太:「早っ!じゃあ、早く行こうよ」

 マカリスター家ほどではないが、なかなか慌しい一家なのであった。
 マリアが助手席に座ろうとすると、宗一郎が制した。

 宗一郎:「いいんだ、マリアさん。連れて行くのは私なんだから、キミは後ろに乗りなさい
 マリア:「でも、今回は家族旅行……
 宗一郎:「言っただろう?『キミも“家族だ”』と
 マリア:「あ、はい……

 マリアは後ろに座った。
 勇太が真ん中になる。

 宗一郎:「大宮駅までよろしく。あー、西口で」
 運転手:「はい、ありがとうございます」

 稲生家とマリアを乗せたタクシーは、ようやく稲生家の前を出発した。

 勇太:「山形は相当な雪みたいだよ」。
 宗一郎:「そりゃそうさ。スキーシーズンなんだから。長野もそうだろう?」
 勇太:「まあね」

 さいたま市は今日も晴れで、積雪は一切なし!

[同日11:00.天候:晴 JR大宮駅・コンコース]

 タクシーは西口の車寄せに到着した。
 タクシープールがいっぱいの場合、そこの車寄せに近づけないので、プールの脇に止まることがある。
 車寄せに止まれれば、あとはエスカレーターやエレベーターが目の前である。
 エスカレーターで2階に上がり、改札口に入る。
 それからすぐ先の新幹線改札口にも入った。

 宗一郎:「まだ時間があるから、弁当でも買ってきなさい。マリアさんの分も」

 宗一郎は財布から紙幣を出すと、勇太に渡した。

 勇太:「ありがとう。行きましょう、マリアさん」
 マリア:「Year...」

 さすがに売店で2人きりになると、マリアは自動翻訳魔法を入れた。

 マリア:「随分と優しいお父様だ。羨ましいよ」
 勇太:「何でも父親も昔、学生だった頃に白人の留学生に一目惚れしたことがあったみたいですよ。結局、叶わなかったみたいですけど」
 マリア:「そうなのか」
 勇太:「そういうこともあって、僕とマリアさんはせめて是非……というのがあるみたいですよ」
 マリア:「そうなのか。……まさか、お父様が好きになった白人ってのも魔道師だったりして?」
 勇太:「だとしたら、凄い偶然ですね。でも、カナダ人らしいですよ」
 マリア:「カナダかぁ……。ダンテ一門にいたかなぁ……?」

 マリアは首を傾げた。
 ただ、マリアがパッと思いつかないのだから、恐らくいないのだろう。
 南北アメリカ方面には、あまりそちら出身の魔道師はいないもようだ。
 仕事柄、行くことはあるにしてもだ。

 マリア:「あ……クリスマスプレゼント、ありがとう。早速、使わせてもらってるよ」

 マリアはそう言って、頭のカチューシャを指差した。
 赤を基調としたものである。
 マリアのようなストレート・ボブだと、これを着けている魔女は多い。
 中には改造して、魔法具を仕込む者もいるという。

 勇太:「いえいえ。マリアさんには僕のイメージが浮かんだから良かったですけど、イリーナ先生は難しかったですねぇ……」
 マリア:「そりゃそうだろう。師匠は1000年以上も生きてるし……。でも、ブローチに落ち着いたんだ?」
 勇太:「ええ。あれ、魔法具じゃなかったんですね」
 マリア:「私も意外だった、あれは」

 イリーナが普段着ているピンク色のドレスコート。
 腰のベルトには魔法具を着けているのは知っていたが、右胸に着けているブローチも何かの魔法具だと思っていたのだ。
 勇太は魔道師のことだから、元は普通の装飾品だとしても、それを魔法具に改造しているに違いないと思った。
 だから渡す時、『魔法具の材料に使ってください』と渡した。
 イリーナは最初何のことだか分からず、きょとんとしていたが、勇太から説明を受けた時、ようやく普段着けているブローチの代わりだということに気づいた。
 そこでそのブローチは魔法具でも何でもない普通のブローチで、胸元が寂しいから着けているだけだと話した。
 そして再び目を細め、あえてロシア語で礼を言ったのだった。

 勇太:「おっと!早いとこ、弁当買わないと」
 マリア:「ご両親の分は?」
 勇太:「2人とも大宮弁当でいいはずです」
 マリア:「さすが分かってるな」

 あとは2人とも、自分の好きな弁当を購入した。

[同日11:25.天候:晴 JR大宮駅・新幹線ホーム]

 新幹線ホームは帰省ラッシュのピークである一昨日や昨日と比べれば落ち着いているのだろうが、それでも普段の土休日よりは多くの人出で賑わっていた。
 自由席に長蛇の列ができているのは序の口である。

〔17番線に11時25分発、“やまびこ”135号、仙台行きと“つばさ”135号、山形行きが17両編成で参ります。黄色い線まで、お下がりください。……〕

 勇太達は11号車の列に並んでいる。
 これは山形新幹線のグリーン車が来る位置だ。

 宗一郎:「マリアさん、カツサンドだけでいいのかい?遠慮しないで好きなもの頼んで良かったんだよ?
 マリア:「いえ、私はこれだけで結構です

 マリアは体質上、食べても体の肉付きが良くならない方である。
 せめてそれなら身長が高くなっても良さそうなのだが、それも無理だった。
 悪魔と契約した際の副作用かもしれないが、当のベルフェゴールは否定している。

 勇太:「来た来た。E3系だ」

 山形新幹線を前にして、2つの列車が入線してくる。
 このように行き先の違う短編成同士を連結させて運行させる新幹線は、今のところJR東日本だけである。

〔「ご乗車ありがとうございました。おおみや~、大宮です。17番線に到着の電車は11時26分発、東北新幹線“やまびこ”135号、仙台行きと山形新幹線“つばさ”号、山形行きです。お乗り間違えの無いよう、ご注意ください。次は、宇都宮に止まります」〕

 グリーン車は空いていたが、稲生達を含む大宮駅からの乗客で満席になったようだ。

 勇太:「向かい合わせにする?」
 宗一郎:「いや、2人で仲良くやりなさい」

 そう言って両親は勇太達のすぐ前の席に座った。
 勇太とマリアがその後ろの席に座ると、すぐに列車は走り出していた。
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“大魔道師の弟子” 「家族旅行前日」

2017-01-08 21:40:15 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月30日16:00.天候:晴 埼玉県さいたま市中央区 稲生家]

 西日の差し込む稲生家の客間。
 畳敷きだが、カーペットを敷いて、その上に折り畳みベッドが設置されている。
 その上に布団が敷かれていて、マリアはそこでうつ伏せで眠っていた。
 家に帰って、着替えもせずに横になると、そのまま寝落ちしてしまったのである。

 マリア:「う……。うう……ん……」

 マリアは窓から差し込む西日の直撃を受けて目を覚ました。
 客間は家の一番西寄りにある為、カーテンが開いていると、そこから差し込む西日が半端無い。
 冬の日差しであり、暑さなど殆ど無いのだが、それでも眩しいことに変わりは無い。
 深く眠りに落ちていたマリアも、これには覚醒せざるを得なかった。

 マリア:「うう……」

 マリアが頭だけ起こすと、一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。
 それでもすぐに思い出した。

 マリア:(そうか……。ここはユウタの家……)

 しかもマリアが寝ぼけていたのは、この西日が西日と認識しなかったこと。
 つまり、夕方ではなく、朝方だと思ったのである。

 マリア:(もうこんな時間!?)

 枕元の時計はアナログ式で4時を指していたのだが、これをマリアは16時ではなく、本当の4時だと思った。
 日本では(イギリスであっても現地時間の)冬の4時はまだ真っ暗だと思うのだが……。

 マリア:(どんだけ寝てたんだ、私は!?)

 マリアは客間から廊下に出たが、どうも家の中に人の気配がしない。

 マリア:「ユウタ?」

 リビングに行っても、ダイニングに行っても誰もいない。
 試しに、稲生の自室がある2階に行ってみた。
 稲生の自室にも気配は無かったし、シャワールームにもいなかった。

 マリア:(どこかへ出かけてるのか……?)

 寒気がマリアを襲う。
 今の日本は冬なのだから当たり前だ。
 マリアは客間に戻ると、ローブを羽織った。
 眠る時でも、ローブは脱いでいたらしい。
 また、この部屋ではエアコンの暖房が入っていた。
 自分は点けた記憶は無いから、稲生が入れてくれたのだろう。
 ローブは脱いでいたが、その下のブレザーやらは着たままだった。
 よほど体力を消耗していたのだろう。
 さすがに今はたっぷり寝たこともあって、MPも全回復している。
 荷物の中から水晶球を出すと、それで稲生達の居場所を占った。

 『イオンモール与野→稲生家』と出た後、車に乗っている稲生家の姿があった。
 どうやら、家族で買い物に行ったらしい。
 で、今から帰ってくる所だと。

 マリア:(そういうことか)

 マリアはようやく自分の体内時計を修復し、納得していると、稲生達が帰って来た。

 稲生:「あっ、マリアさん、もう起きて大丈夫なんですか?」
 マリア:「うん。悪いな。たっぷり寝かせてもらって……」
 稲生:「いえいえ」
 マリア:「買い物に行ってたのか」
 稲生:「ええ。明日から旅行に行きますからね、色々と準備をしてきたんですよ」
 マリア:「ふーん……?本当に私も行っていいの?」
 稲生:「もちろん……」

 稲生が大きく頷こうとした。

 宗一郎:「Welcome to the family,daughter!」

 宗一郎が流暢な英語でマリアに言った。
 会社では渉外担当で外国にもよく行くことから、英語は流暢である。
 マリアがその英語を聞くと顔を赤らめて、

 マリア:「Thank you so much.」

 と、答えた。
 因みに宗一郎の言葉、直訳すると、『ようこそ家族へ、娘よ!』となるのだが、マリアなどの英語圏の国の人間としてはもっと砕けた表現に聞こえ、『キミも家族だ!』となるらしい。

[同日17:00.天候:晴 稲生家]

 マリア:「いつの間にか、お父様とは英語で話すようになっている。いいんだろうか?」
 稲生:「いいんじゃないですか。父もTOEICマスターできて、喜んでましたから」
 マリア:「確かに、自動翻訳を使ったままだと、何か失礼な言い方をしてしまう恐れがある……」

 マリアは考え込んだ。
 マリアは実は日本語を喋っていない。
 自動翻訳魔法で、日本人にはマリアの英語が自動で日本語に翻訳されて耳に入るのだが、どうも直訳されることが多いせいか、マリアが年齢不相応の硬い表現で喋っているように聞こえてしまう。

 マリア:「お母様は英語は?」
 稲生:「あまり分からないと思います」
 マリア:「そうか……」
 稲生:「どうでしょう?マリアさんは片言でも日本語は喋れるわけですから、それと英語を混ぜるというのは?」
 マリア:「お母様には日本語で、お父様は英語ってこと?」
 稲生:「そうです。もし何でしたら、僕が通訳ってことでもいいですよ」
 マリア:「なるほど……」
 稲生:「夕食の時にでも、試しにやってみては?」
 マリア:「そうだな」

[同日18:00.天候:晴 稲生家]

 夕食にはビーフステーキが出て来た。

 稲生:「旅行はどこに行くの?」
 宗一郎:「山形蔵王さ。あそこにはスキー場もあるし、温泉もある。マリアさん、温泉が好きなんだって?」
 稲生:「好きというか……」

 人間時代に受けた暴力の数々により、全身が痣ができたマリア。
 魔道師になってからも、その傷痕が消えぬままである。
 そこで稲生は、温泉に入ることで、少しでもそういった傷を消そうとした。
 もちろん、ほとんど気休めである。
 だがマリアにとっては、そんな気遣いをしてくれることがありがたかった。
 魔道師になると肉体の成長や老化の速度が、普通の人間よりも極端に遅くなる。
 細胞の劣化が物凄く遅いからなのだが、その為に受けた傷の治癒も遅くなっている。
 魔法使いが回復魔法を使うのはこの為である。

 マリア:「温泉、好キデス。ユウタ君ニ、紹介サレマシタ。トテモ、気持チイイデス」

 マリアは片言の日本語で答えた。
 自動翻訳魔法で強制的に換えられた日本語よりも、こちらの方が柔和に聞こえる。

 宗一郎:「そうか。それなら、期待してもよろしい。大船に乗ったつもりでいてくれ」
 稲生:「ハハハ……」

 稲生は何故か苦笑いした。
 そして、マリアに耳打ちした。

 稲生:「威吹が同居していた時も、一緒に旅行に行ったんですよ。威吹は威吹で有名な妖怪だったものですから、行く先々で色々なことがありましてね。父さん的には、そんな威吹の役回りをマリアさんにやってもらいたいみたいです」
 マリア:「なるほど……。(といっても、東北地方に魔道師はいないから、ご期待に沿えそうにないな)」

 マリアはそう思いながら、鉄板の上に乗ったステーキ肉を頬張った。
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“大魔道師の弟子” 「疲労の帰宅」

2017-01-07 22:44:46 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月30日05:30.天候:晴 JR上野駅]

 早朝の上野駅を無言で歩く4人。
 江蓮にはケガは無かったものの、かなり衰弱していた為、本来なら病院に運ぶべきだと思われた。
 マリアの体力回復薬と回復魔法で、何とか歩けるまでに回復した。
 その分、マリアが疲弊することとなったのだが……。
 ワンスターホテルに行って、そこで休むという選択肢もあったが、キノが家に連れて帰ることにした。
 いずれにせよ、大宮までは自力で帰ることになる。

 稲生:「大丈夫ですか、マリアさん?」
 マリア:「ん……何とか……」

 コンコース内のトイレから出て来たマリアと江蓮。
 江蓮も完全に回復したわけではなかったが、今はどちらかというと、江蓮がマリアを支えているといった感じだった。

 江蓮:「すいませんです、マリアンナ先生。とんだ手間を……」
 マリア:「いや、いい……」

 ゆっくりとした足取りで、高いホームの6番線に行くと、既に15両編成の電車が停車していた。

〔おはようございます。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。6番線に停車中の列車は、5時30分発、普通、小金井行きです。発車まで、しばらくお待ち願います〕

 さすがの稲生も今回ばかりは、ホイホイと鉄ヲタぶりを発揮して先頭車まで行く体力は残っていなかった。
 それでもクハ車を選んで乗り込んだところに、まだその名残がある。
 夏ならばもうとっくに立派な朝であろうが、冬場の今はまだ夜の帳が電車の周りに下りている。
 暗い学校内を走り回った為に、駅構内や車内の照明は眩しかった。

〔この電車は宇都宮線、普通電車、小金井行きです。4号車と5号車は、グリーン車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください〕

 4人はちょうど空いている4人席に座った。
 キノは江蓮を誰かから守るように、ひしっと肩を抱いている。

 稲生:「大丈夫なのかい?刀、折れちゃったけど……」
 キノ:「ヘタすりゃオレんとこと商売敵になるかもしれねぇ相手と戦って折れちまったんだ。仕方無ェよ。始末書くらいならいつでも書いてやる」

 キノが振るっていた妖刀は、幹部獄卒だけが帯刀を許される官給品らしい。
 それは今、麻袋の中に入れてしまっている。
 ちょうど剣道部員が自分の竹刀を持ち運びする時のように。
 マリアはローブを羽織って、フードを被っていた。

 稲生:「マリアさん、家に着いたら少し休みましょう。両親には上手く言っておきますから」
 マリア:「ああ……」
 キノ:「ユタ、オメェも肩くらい抱いたらどうだ?」
 マリア:「……!」
 稲生:「い、いや、あの……」
 キノ:「こういう時に抱いとかねーと、いつまで経っても進展しねーぞ」
 江蓮:「煽ってんじゃねーよ、キノ。……すいません、マリアンナ先生と稲生さん」
 稲生:「いや、別に……」

 江蓮は高校の時、マリアから勉強を教えてもらったことで、久方ぶりに定期テストの全教科赤点回避を成し遂げた。
 その時の恩があるらしい。
 それ以来、江蓮はマリアを先生敬称で呼ぶ。

〔「お待たせ致しました。宇都宮線、普通電車の小金井行き、まもなく発車致します」〕

 発車の時間が迫り、ホームに発車メロディが鳴り響く。
 上野東京ライン開通前はベルだったのだが、今はメロディに変わった。

〔6番線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕

 電車は大きな閉扉音を立てた後、ゆっくりと上野駅のホームを発車した。

〔JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は宇都宮線、普通電車、小金井行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください。次は、尾久です〕

 稲生:「鬼郎丸君と魔鬼ちゃんは元気?あと美鬼さんも」

 稲生はキノに姉弟達のことを聞いた。
 蓬莱山家は4人姉弟である。
 長姉の美鬼には稲生も世話になったし、キノにとっては絶対に頭の上がらない姉である。
 鬼郎丸は次男で、人間で言えば大学生くらいの歳になったか。
 幹部獄卒になる為に全寮制の養成学校に入っており、今は実家にいない。
 魔鬼は生きている人間に興味を持ったことで、人間界の高校への入学を希望した。
 今から思えば東京中央学園に入ってくれれば良かったのだが、あいにくと別の共学校に入っている。
 既に、獲物となる人間の男子高校生を物色しているらしい。
 愛らしい顔つきをしているので、別に魔鬼が妖術を使わなくても、ホイホイとついていく哀れな男子はいるかもしれない。
 魔鬼が狙うのは人間の血肉ではなく、男の精。
 今のところ、犠牲者が出たというような話は聞かない。
 だが、魔鬼が学校の怪談話の主人公になることはないだろう。

 キノ:「ああ、元気でやってるよ。オレの姉弟は元気が良過ぎてウザいくらいだ」
 稲生:「姉弟か……。いいなぁ……」
 マリア:「いいな……」
 江連:「いいな……」
 キノ:「お前ら……w」

 ここにいるキノを除けば、全員一人っ子である。

 キノ:「姉貴はうるせーし、鬼郎丸は空気だし、魔鬼もたまにウゼー時があるし、ロクなもんじゃねーぜ」
 稲生:「鬼郎丸君、空気扱いされてる」
 江蓮:「真面目でおとなしくていいコじゃん。稲生さんみたいに」
 キノ:「オレの知らねー所で、人間の女食い漁ってるような気がしてしょうがねぇ……」
 江蓮:「あー……。『オレはアニキと違って、一途キャラじゃないんです』とか言ってたような気がする……」
 キノ:「ほお……。そろそろ説教してやる時期かな」
 江蓮:「お姉さんの前でできるんだったら、いいんじゃない?」
 キノ:「っ……!いきなりハードル上げるんじゃねーよ」

[同日06:01.天候:晴 JR大宮駅]

〔まもなく大宮、大宮。お出口は、右側です。新幹線、高崎線、埼京線、川越線、東武野田線とニューシャトルはお乗り換えです。電車とホームの間が広く空いている所がありますので、足元にご注意ください〕

 電車が下車駅に近づく。

 稲生:「そろそろ降りますよー」
 キノ:「んん……もう着いたか」
 江連:「うとうとすると、すぐだね」
 稲生:「大宮まで中距離電車だと飛ばして行くからね。マリアさん、もうすぐですよ。大丈夫ですか?」
 マリア:「ああ……」

 電車が大宮駅手前のポイントを通過する。
 高崎線より進入速度はゆっくりだが、それでも定刻通りに電車は到着した。

〔「おはようございます。大宮、大宮です。お忘れ物の無いよう、ご注意ください。9番線は宇都宮線、普通電車、小金井行きです」〕

 4人は電車を降りた。

 稲生:「この後、野田線で?」
 キノ:「いや、タクシーで帰る。金なら持って来てるんだ」
 稲生:「そうか。僕達もそうしましょう」
 キノ:「オレとユタだけなら根性出して歩いて帰りゃいいが、さすがに今は無理だな」
 稲生:「そうだね」

 マリアは魔法の杖を支えに歩いているくらいだ。
 もう片方の手は稲生ではなく、江蓮に支えてもらっている。

 稲生:「学校、今頃大騒ぎだろうなぁ……」
 キノ:「隠蔽なら任せとけ。犯人は分かんねーようにしてある。本当はスケープゴートがありゃ確実なんだがな」
 稲生:「別に、僕達が何か悪いことしたわけじゃないのにねぇ……」

 稲生とマリア、キノと江蓮はそれぞれタクシーに分乗して、それぞれの家に帰宅した。
 マリアは寝泊まりできる部屋として割り当てられた客間のベッドに横になると、すぐに寝入ってしまった。
 あまりにも深い眠りに入ってしまったせいか、特段予知夢のようなものを見ることもなく、夕方に目が覚めたようである。
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“大魔道師の弟子” 「死神戦」

2017-01-06 21:30:21 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月30日04:30.天候:晴 東京中央学園上野高校・体育館]

 夏ならば夜も白み始める頃、未だに闇に包まれた学校。
 そんな漆黒の闇を体現するかのようなローブを身にまとった死神が現れた。
 身の丈は3mほどあり、両手にはこれまたその体のサイズに合う大きな鎌を持っている。

 キノ:「オメェがラスボスか!?江蓮を解放しろと言いてぇところだが、素直に返すガラじゃねぇな。後でブッ飛ばしてやるから、その前にどうして江蓮をさらったか話してもらおうか?」
 死神:「ウウ……!」

 死神は答える気が無いようだ。
 大きな鎌をゆっくりと持ち上げ、キノの頭上に振り落した。

 キノ:「おっと!」

 キノがいた所に鎌が突き刺さる。
 キノは軽い身のこなしで、鎌を避けた。
 死神は再び鎌を振り上げる。
 だが、とても俊敏な動きとはお世辞にも言い難い。
 鎌を持ち上げる時も、フラフラと重い鎌に振り回されているようだ。

 キノ:「でやぁーっ!」

 キノは踏み込んで、死神の上半身と下半身を真っ二つにするかのように斬り込んだ。
 妖刀が青白く光る。
 確かに妖刀は、死神の体を斬り裂いた。
 ……はずだった。

 稲生:「!?」

 鎌がドンと床に落ち、上半身と下半身が真っ二つになった死神は下半身を床に横たえ、上半身はゆーらゆーらと宙に漂った。
 だが、少しすると下半身が起き上がり、上半身が吸い寄せられるように下半身と融合した。
 そして鎌を拾い上げ、何事も無かったかのように再び鎌を振り上げた。

 キノ:「ちっ!首を取らねぇとダメか!」

 死神の動きには無駄な物が多い。
 重い鎌に自分が振り回されている。
 キノが俊敏な動きをするので、死神は狙いを定められない。
 だからなのか、今度は稲生に狙いを定めた。

 稲生:「わああっ!」

 稲生も逃げ回る。
 だが、動きなどは普通の人間と大して変わらぬ稲生であっても、死神の動きを交わすことができた。
 例えば、一瞬煙となって消え、逃げ回るキノ達に先回りをして攻撃する。
 そんなことができても良さそうなのに、この死神はそれをしない。
 できないのだろうか、或いはただ単に様子見をしているのか、もしくはナメて掛かっているだけか。

 キノ:「うらぁーっ!!」

 キノは体育館のステージに上ると、そこからジャンプして、死神の首を狙った。
 確かにキノは死神の首を落とした。
 だが、死神は首が無くても動けた。
 まるで落としたボールを拾うかのように自分の頭を拾うと、それをトンと自分の首の上に乗せた。
 そしてまた何事も無かったかのように、鎌を振り上げて襲って来るのだった。

 キノ:「参ったな。どこを狙いやいいんだ?もしかして、こいつは偽者で、どこかに本体がいるって話じゃねーだろうな?」
 稲生:「ええっ!?」
 キノ:「ユタ、こいつはオレが相手にしている。オメェはどこかにいるかもしれねぇ本体を探せ」
 稲生:「ちょ、ちょっと待って。今更、こんな広い校内を探すなんて……」
 キノ:「馬鹿野郎!いつまでもこんなデカ物と遊んでる場合じゃねーだろ!」
 稲生:「た、確かに……!」

 稲生は体育館の外に出るべく、引き戸式の鉄扉に駆け寄った。
 ところが、だ。

 稲生:「あ、開かない!?」
 キノ:「どうした、ユタ!?」
 稲生:「鍵が開かないんだ!」
 キノ:「はあ?内鍵だろ!?鍵を回せばいいだろうが!」
 稲生:「回らないんだよ!どっちに回しても!」
 キノ:「他のドア試してみろ!」

 稲生は隣の鉄扉も、その隣の鉄扉も試してみた。
 だが開かなかった。

 キノ:「開錠の魔法は!?」
 稲生:「僕はまだ使えない!」
 キノ:「使えねーな!」
 死神:「我ハ不死身ダ……!観念シテ、ココデ死ネ……!」
 キノ:「喋れんのかよ!だったら、オメェは何でこんなことしてんのか答えやがれ!」
 死神:「七不思議ヲ知ッタ者ニハ死ヲ!コレガ、昔カラノ理!!」
 キノ:「訳の分かんねーことほざいてんじゃねぇ!」
 稲生:(あれ?今の死神の言葉、どこかで聞いたような……?)

 稲生は鏡に近づいた。
 そこには江蓮とマリアが捕らえられている。
 彼女らの助けを求める声は聞こえない。
 江蓮は固唾を飲んで戦いを見守ってるようだったし、マリアは必死で稲生とコンタクトを取ろうとしていた。

 稲生:「マリアさんが何かを伝えようとしている?」

 完全に魔法もシャットアウトされているのだろう。
 水晶球にもスマホにも、何の着信も無い。
 マリアが口をパクパク動かしている。
 稲生はマリアが英語で喋っていることに留意した。

 稲生:「Aim at a sickle!?」

 稲生がマリアの唇の動きを読み上げた。
 その言葉に反応するかのように、死神は稲生に突っ込んで行く。

 稲生:「うわああっ!?」
 キノ:「ユタ!」

 死神は鎌を前に突き出して、稲生の所に突進する。
 稲生は急いで避けた。
 だが、止まり切れなかった死神は鏡に激突する。
 鏡の中から出て来たはずだが、何故か今度は激突した。
 当然、鏡が粉々に割れる。
 が、そのおかげで鏡の中に閉じ込められていた2人の女性が出て来た。

 稲生:「マリアさん!」
 キノ:「江蓮!」

 そこで稲生、体勢を立て直す死神の動きを察知する。

 稲生:「キノ!鎌だ!鎌を狙ってくれ!!」
 キノ:「なにっ!?」
 稲生:「よく分からないけど、マリアさんが言うには鎌を狙えってことだった!」
 キノ:「あー、確かによく分かんねーな!だが、一応やってみるぜ!」

 体勢を立て直した死神だったが、動きの俊敏なキノに鎌の刃を蹴られた。
 その音は金属音ではあったが、鎌が赤茶色の光を一瞬放った。
 死神がまたバランスを崩して倒れる。

 キノ:「あぁっ!?効いてんのか!?」

 今度は拳を作って刃を殴り付けた。
 またもや、死神はガクッと膝をついた。

 キノ:「死ねや、コラーッ!!」

 キノは刀を抜いて、死神の刃に斬り付けた。

 稲生:「効いてるぞ!」
 キノ:「トドメだ!!」

 キノが再び鎌の刃に刀を振り下ろした。

 キノ:「あ゛っ!?」

 キノは信じられないという顔をした。
 ……刀が折れた!

 キノ:「か、完!w」

 キノはあまりの運とタイミングの悪さに笑みを浮かべてしまうほどだった。
 死神の鎌もだいぶズタボロになってはいるものの、まだ稲生達を攻撃できる力は残っているようだった。

 キノ:「く、くそっ!鈍ら刀支給しやがって!!」

 閻魔庁からの官給品らしい。

 死神は空洞になっているはずの両目を光らせて、倒れている女性達に向かって鎌を振り上げた。
 キノもまた絶望に駆られて、動けなくなっている。

 稲生:「う……うわあああああっ!!」

 稲生は叫びながら、自分の魔法の杖を思いっ切り死神に向かって投げた。
 杖と言っても、警備員や警察官の警棒くらいの長さしか無い。
 死神はそれを体で受け止めた。
 普通は鎌で受け止めるだろうに、キノの刀といい、それをしなかったのは、偏に鎌が弱点だったからだ。
 体に当たったのでは意味が無い。
 ……のだが、稲生の杖が青白く光った。
 そしてそれが回転しながら死神の体から離れたと思うと、勢い良く鎌に当たった。
 鎌は赤茶色の鋭い光を放って粉々に砕けた。
 死神は、「うそォ!?こんなんアリか!?」といった表情をドクロの顔で表したかと思うと、そのまま床に崩れ落ち、2度と起き上がって来ることは無かった。
 そしてシュウシュウという音と共に死神の体が煙と化し、その姿を完全に消した。

 稲生:「終わった……」
 キノ:「ふはっ!ふふ……ははははははははは……!とんでもねぇ……!とんでもねぇよ、ユタ……!イブキの気持ちが、ようやっと分かったぜ……。そりゃ、オメェに手出しできねぇってもんだ」

 キノは床に仰向けになってそんなことを言い放った。

 稲生:「それより、早いとこ2人を連れてここから出よう。早くしないと……」
 マリア:「……体力回復薬がまだ残っている。それを使おう」

 稲生達が現役生だった頃に塞いだはずの魔界の穴、それがどうしてまた開いたのか、現時点では分からない。
 そして、あの死神が結局何だったのか、どうして現れたのかもまだ分からない。
 ただ1つはっきり言えること、それは江蓮とマリアを救出できたことは1つの勝利と言えるだろうということだ。
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“大魔道師の弟子” 「プールへ、そして体育館へ」

2017-01-05 19:35:30 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[12月30日04:00.天候:曇 東京中央学園上野高校・屋内プール]

 夏場なら、そろそろ東の空が白みつつあるだろうか。
 しかし、こんな真冬の時季ではそんなことは無い。
 吹き荒ぶ寒風の中、稲生達はプールに向かった。
 公立高校なら屋外プールで、水泳部もこの時季は練習できまい。
 しかし、私立高校である東京中央学園ではそんなことはなかった。
 屋内にプールがあり、しかも温水プールになっていて、冬でも水泳部は活動できるのである。

 キノ:「ユタ、ここでの怖い話の内容は?」
 稲生:「うん。女子水泳部の怖い話なんだけど、何でも昔、とても泳ぎの上手い期待のホープがいたんだって。でも、事故で死んじゃったらしいんだ。簡単に言えば、その女子水泳部員が化けて出てくるという話なんだけど……」
 キノ:「プールのどの辺だ?……それが女子更衣室ってことか?」
 稲生:「うん。その部員が使っていたロッカーが、今や呪われた開かずのロッカーになってるんだってさ。今や、開けるだけで呪われるという噂があるみたいだよ」
 キノ:「ある意味、オーソドックスな内容の怪談だな。ま、幽霊なら獄卒のオレに任せてくれりゃいい。さっきの逆さ女みてぇなのが出てきたら、ユタに任すぞ」
 稲生:「ええっ?」
 キノ:「オマエ、さんざっぱらボコしただろうが」
 稲生:「だって、腹が立ったんだ。何人もの人間を食い殺したくせに……。まさか、キミも!?」
 キノ:「おいおい、オレは獄卒だぜ?罪人どもを痛めつけはするが、食ったりはしねーよ。ただまあ、食ってみたらどんな味がするだろうなっつー好奇心はあるがな」

 そう言いつつ、キノは背中に冷や汗を流していた。

 キノ:(なるほど。イブキの気持ちが少しは分かるってもんだ。こんな、ザコ妖怪にも殺されそうな気弱な人間なのに、何故かナメたマネができねぇ。しようとすると、逆にこっちが痛い目に遭いそうな……そんな気がするって感じか)
 稲生:「威吹だって人喰い妖狐だったんだ。だけど、さくらさんに負けた時、潔く死を覚悟したそうだよ」
 キノ:「話を盛ってやがんなー。慌てて逃げ出したって、鬼族には伝わってるぞ」
 稲生:「いずれにせよ、醜く命乞いなんてしなかった。威吹はそうだったのに、あの逆さ女は……っ!」
 キノ:(命乞いさせてもらえるほどの余裕が無かったってことだと思うが、あんまり言わねー方がいいパティーンだな、こりゃ)
 マリア:「ユウタ。女子更衣室はここでいいのか?」

 マリアはとあるドアの前で立ち止まった。

 マリア:「あまり、漢字まではよく分からないんだ」

 自動翻訳魔法は言葉を自動翻訳するものであって、文字までは翻訳しない。
 その時には、専用の眼鏡を掛けることになる。

 稲生:「あ、そうですね。ここです」

 稲生が肯定すると、マリアは再び開錠魔法で鍵を開けた。
 水泳部用と授業用のロッカーも合わさっている為か、その数は意外と多い。
 恐らく怪談と連動しているところを見ると、幽霊化した水泳部員のロッカーを開ければ良いのだろう。
 しかし、さすがにどこかまでは分からない。
 片っ端から開ける必要があるのか……。

 キノ:「江蓮ーっ!どこだよーっ!?」

 キノは更衣室の中で江蓮に呼び掛けた。
 呼び掛けて答えられるわけが……。

 ドンッ!

 稲生:「!?」
 マリア:「What!?」
 キノ:「何だ、今の音?聞こえたか?」

 それはステンレス製のロッカーに、何かがぶつかる音だった。
 キノは長く尖った耳(エルフ耳)をヒクつかせた。

 キノ:「あっちだ」

 キノは奥のロッカーを指さした。
 緊張した面持ちで3人は音のした方へ向かう。
 今度はキノが先頭だった。
 そして、1番端のロッカーの所まで向かう。

 江蓮:「んー!んー!」

 そこに江蓮はいた。
 両手・両足を縛られ、猿ぐつわをされている。

 キノ:「江蓮!!」

 キノが江蓮に駆け寄ろうとした時だった。

 バァン!

 稲生:「あっ!?」

 江蓮の横のロッカーが内側から開けられた。
 そこから腐った手が2本伸びてきて、江蓮を掴んだ。

 キノ:「てめぇっ!!」

 ロッカーの中から姿を現したそいつは、競泳水着を着ていた。
 どうやら、これが部活中に溺死したという部員の幽霊らしい。
 キノが斬り掛かるより先に、幽霊が江蓮をロッカー内に引きずり込むのが先だった。
 そして、また乱暴にパタン!とドアが閉められた。

 キノ:「待ちやがれ!!」

 キノは刀で扉を切り開いた。

 稲生:「ええっ!?」

 そしてキノはその中に飛び込んだ。
 稲生がロッカーを覗くと、中には漆黒の闇があった。

 稲生:「魔界の穴ですか!?」
 マリア:「いや、それとはまた違う……」

 稲生達が飛び込むのを躊躇っていると、そのロッカーの中の闇がブワッと稲生達を包み込んだ。

 マリア:「しまっ……!」
 稲生:「な、何だ!?」

 稲生の意識は、ここで一旦飛ぶ。

 稲生:「う……」

 稲生が次に目を覚ました時、そこは闇の中だった。
 やはり、どこかの異世界に飛ばされてしまったのだろうか。
 痛む体に鞭打ちながら、何とか上半身だけ起こしてみた。
 何かの気配がすると思って、よく目を凝らしてみると、そこにはキノがいた。
 刀を構え、険しい顔をして立っている。
 しかしそれは、稲生に向けられてはいない。
 稲生から見て、右の方を見ていた。
 そうしているうちに、段々と目が慣れてくる。
 どうやら、異世界にいたのではなかった。
 ここは体育館だった。
 照明は点いていないので、明かりと言えば非常口誘導灯の緑色のそれと消火栓の赤ランプ、そして窓から差し込む外灯の明かりくらいだった。
 稲生がようやく起き上がると、キノが何に向かって立っているのかが分かった。
 体育館の中には、大きな鏡がある。
 普段は扉で閉ざされているが。 
 それが開いていて、キノはその鏡を睨みつけていたのだった。

 稲生:「一体、何が?」
 キノ:「出てきやがれっ!」

 大きな鏡の向かって左側には、縛めは解かれているものの、鏡の中に閉じ込められている江蓮がいた。
 そして向かって右側には、マリアがいた。

 稲生:「マリアさん!?」

 マリアが悔しそうな顔をしていることから、マリアも捕らえられたらしい。

 そして鏡の中央から、ヤツは現れた。

 稲生:「うわっ!?」

 それは身の丈3メートルはあるような者で、黒いローブを羽織り、フードを深く被っていた。
 これだけならどこぞの魔道師と思うかもしれないが、ローブから覗く顔はガイコツそのもので、しかも手には一振りの大きな鎌を持っていた。
 まるで、死神のような出で立ちだった。
 稲生は驚愕を隠し切れなかったが、キノは怯むことなく刀の切っ先を死神のようなヤツに向けている。

 地獄界の獄卒と死神(?)のガチンコ勝負が、今ここに始まろうとしている……!
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