イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「クロダイの生物学とチヌの釣魚学」読了

2020年06月11日 | 2020読書
海野 徹也 「クロダイの生物学とチヌの釣魚学」読了

魚類学者が書いたクロダイの生態とそれがどうチヌ釣りに応用できるかという内容だ。
著者は広島県の出身だが、釣り好きが高じて学者の道に入り、そのかなでもチヌの殖産について研究を続けている人らしい。

著者の研究によると、チヌの能力は以下のようであるらしい。
視力;0.14くらい。5メートル先から1センチのものを見分けることができる程度の視力で、1.5号のハリスなら10センチ手前からしかわからない。
色覚:あるらしい。紫外線も感知する
50センチになるまで:地域によって異なるらしいが、本の記載内容から察すると田辺辺りでは12、3年というところのようだ。
ウロコには年輪のようなものができるのでそれを数えると魚の年齢がわかるそうだ。胸鰭の後ろのうろこというのはあまり剥がれ落ちることがないので調べるとするとここから採取するといいらしい。
味覚、嗅覚:敏感。10のマイナス8条モル(懐かしいな~)の濃度でも感じる。50メートルプールに3.65グラム溶けた物質を嗅ぎ分けることができるそうだ。
アミノ酸ではグリシンに強く反応し、このグリシンはオキアミにはあまり含まれないが、アミエビには大量に含まれているそうだ。先の分量から計算すると、1キロのアミエビは200メートル先のチヌを誘うことができるらしい。
僕がヌカにアミエビを混ぜるのはじつは理にかなっていたということだ。前に読んだ本のとおり、例の白い粉はまったく役には立たないことがこの本でもわかる。
産卵:1匹の産卵はサケのように一度に行われるのではなく1か月くらいかけてゆっくり行われる。時間帯は深夜。そこそこ深い場所で行われているらしい。卵は浮遊性。乗っ込みの頃、浅場で釣れるのはエサの確保のために回遊してくるのであって産卵のためではない。
40センチくらいのクロダイだと200万個の卵を産むらしい。
回遊範囲:これは意外というか、ほとんど生まれたところから移動せずに一生を過ごすらしい。田辺で生まれたチヌは南部まではあまり移動しないようだ。外洋から入ってきたチヌは白くて、居つきのチヌは黒いというが、大きな範囲でみると、みんな居つきのチヌということになる。確かに黒いといっても、田辺で釣れるチヌに真っ黒というのはない。あれはやっぱり水質が関係しているのだろう。

ざっとこんな感じだ。

そして著者の本来の研究テーマは産業としてのクロダイの殖産なわけで、稚魚放流についても語られている。大阪や和歌山でも行われているけれども、クロダイってあんまり魚屋で見ることがないので放流しても漁業資源を増やすという意味では何か役にたっているのだろうかと思っていたが、一応、水揚げ高については記録があるらしく、広島県が日本で一番の水揚げ高を誇っているそうだ。

しかし、これが韓国にいくと、クロダイは超高級食材として扱われているそうだ。一般的には生臭い魚と思われているから、韓国料理みたいにニンニクや唐辛子、味噌を使った味付けは臭みを消して美味しさだけを引き立ててくれるらしい。
ネットで調べてみると確かにたくさんのレシピが出てくる。これは美味しそうだ。
この本に載っているコチュジャンソースは色々に仕えそうだ。
(サラダオイル 大さじ2、酢 大さじ2、コチュジャン 大さじ1、砂糖 小さじ半分、おろしにんにく 半個分、醤油 小さじ半分)

さて、この知識がどれだけ釣果に貢献できるのかというと、う~ん。となってしまう。僕がやっている紀州釣りではエサの内容よりもいかに正確に底を取ってなおかつ潮の流れを読みながら同じ場所にダンゴを放り込めるかという技術的なもののほうが大切なように思う。じつはそれよりももっと大切なのは運なのかもしれないが、腕がものをいう釣りだから面白いのだ。結局、この本を読んだからといって僕の釣りのスタイルは変わることがないのだけれどもチヌの生態を知るというのは面白いものだ。
次はいつ出会えるかわからないが、年なしを釣り上げた時にはいちどウロコをきちんと剥がしてルーペで覗いてみよう。

この本は、「ベルソーブックスシリーズ」という書籍の中の1冊だ。ベルソーとは、幼少期という意味らしいが、どちらかというと中高生向けに書かれている本ということになる。こういう本を通して将来がどういう道に進みたいかということを考えてほしいということである。
ぼくもこれだけ魚釣りが好きならそんな道に進むチャンスがあったのかもしれない。趣味を仕事にしてはいけないというようなことを言われてまったく釣りとは無縁(平日が休みで釣り場が空いているということではまったくの無縁というわけでもないのかもしれないが。)なことをして生活費を稼いでいるけれども、ここにきて、それはやっぱりそうではなかったのかもしれないと思い至るのである。一生は1回だけ。やりたいことをやっておいたほうが悔いが残らなかったのかもしれないと釣りよりも人生を考えさせられてしまうのだ。

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