今、つくづく思うのです、NHKが変わったらすごいだろうなあと。
番組を作る技量、情報の収集力、編集力、どれを取っても素晴らしいものを持つ現場の方々が、これを皆に知らせたいと思うものを、何の邪魔もなく作って報じることができたならと。
こういうときにしっかりと政権批判のできる公共放送が欲しい。NHKの現場はみな頑張っている。でも上が揉み消す。その指示に従順に従った一部の職員がやがて上になる。その輪廻を断ち切ってほしい。心の底から思う。それだけで日本は大きく変わる。 https://t.co/Q4bYCs5Ftt
— 森達也(映画監督・作家) (@MoriTatsuyaInfo) August 1, 2022
1970年、日本武道館で行われた、統一教会と関連する政治団体『国際勝共連合』の井ペント(国際勝共連合主催「WACL世界大会」)。

ここでウッド氏は司会を務めた。

日本からは”右翼の大物”笹川良一氏も出席。

ウッド氏は、笹川氏の発言が忘れられないと話す。
ウッド氏
彼(笹川氏)は胸を叩きながら、「私は文(鮮明)氏の犬だ」と言いました。
驚くべき発言でした。

日本で最強の人物が、自分を文氏の下に位置づけたのです。

あのとき、我々は世界を支配できると思いました。

さらに、文鮮明氏と深い関係にあったのが、安倍晋三の祖父、岸信介元総理だという。

1982年、韓国で行われた合同結婚式には、岸元総理が祝電を送っていた。

岸元総理・祝電代読
「天を中心とした理想と信念のもとに、指導し教育しておられる。私が文鮮明先生を心より尊敬する所以であります」


これは、その2年後の1984年、岸元総理がレーガン大統領に送った親書だ。

「本日、大統領にお願いをしたいと思います。

文(鮮明)尊師は現在、不当に収監されています。

あなたのご協力のもと、何としてでも、一刻も早く、彼が不当な収監から解放されるようお願いいたします」


実は、この親書が出されたとき、文氏はアメリカで、脱税の罪で収監されていた。

岸元総理がレーガン大統領に、文氏の釈放を依頼する内容だったのだ。

戦後何十年にも渡る自民党政治家と反社会的集団との繋がり。
持ちつ持たれつの関係を保ちながら、互いに権力と勢力を増大していきました。
あらためて自民党って日本にとって一体なんだったんだろうって思う今日この頃です。
その悪党らの1番のカモとなった日本が、それらの呪縛から逃れることが出来るか否か、その瀬戸際に来ていると思います。
その瀬戸際にNHKの再生がどれほど重要なことか…現場で苦しんでいる心ある職員の皆さんへの後押しと、今頑張っている民放のスタッフの方々への応援をしていこうと思います。