ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

日本写真日記

2024年12月10日 | 日本とわたし
今朝、goo事務局から、世にも恐ろしいメールが送られてきました。
「長期間ログインされていないので、90日以内にこのブログのアカウントを削除する」というお知らせメールです。
「削除にあたり、これまでに記載された文章はもちろん写真など、全てが抹消される」と言われて、大いに焦ってこれを書いています。

思えば、先月の10日に行われた生徒たちの発表会のすぐ後に日本に行き、先週の金曜日の夜にこちらに戻ってくるまで、ブログを書く時間を作ることができなくてログインしていなかったのでした。

時間が経つのが早くてもうほんとに困ります。
ちょっと前に2024年の幕開けだとか言ってたのに、気がついたら師走になってしまってて、あと2週間もするとクリスマスで、それが終わったらおせち料理の下準備に追われる…ってどゆこと??
この時期、毎回同じようなことを言ってるような気もしますが…😅。

美しかった紅葉もすっかり姿を消し、日が暮れると気温がスルスルと0℃近くにまで下がります。
すっかり冬になった今日この頃、昨日から1ヶ月ぶりにレッスンを再開しました。
今回はなぜか時差ボケの影響が少なくて助かっています。
体はこれまで以上にクタクタに疲れているのですが…。

では、今回の日本滞在の写真日記を始めます。
11月13日から17日までは夫と一緒に横浜→三重→大阪→滋賀と周り、18日から12月5日までの18日間はわたしだけが、母と義父の家に行って家事手伝いをしました。

11月13日
横浜在住の従姉妹と待ち合わせをして、ホテルまで送ってもらいました。
ホテル近くのレストランに入り、日本食第一食目😅




11月14日
横浜のホテルの部屋の窓から見える公園に、朝の散歩に出かけました。

近くまで行くと、ハアハア言いながら駆けてくる園児たちに、先生が盛んにハッパをかけていました。

彼らが駆け上って行った坂道を上っていくと、夫が急に「あ、僕のと同じノコギリ!」と叫び、スタスタとこのおじさんに近づいて行って、「このノコギリ、ほんっとによく切れますよねえ」と嬉しそうに声をかけましたが、おじさんはかなり戸惑っていたようです。

紅葉どころか緑ばっか😅。

丘のてっぺんまで行ったら、ここでもまた園児たちが😳…体力あるなあ。


降りていくと大きな池があり、



ホテルに戻る道が何やら美しく、


かなり時間が経ったのに、まだ走り続けている園児たち…いや、走っているだけじゃなくて坂道や階段を何度も何度も上り下りしてるんです。信じられない…。


散歩の後、ホテルをチェックアウトして、ホテルまで迎えに来てくれた従姉妹の家に行き、彼女の娘ちゃん、そして彼女の母親(わたしの叔母)に会いました。
叔母は新しい物事の記憶をとどめておくことが難しくなりましたが、遠い昔のことはとてもよく覚えています。
時々今と昔が交差したり、目の前にいる人が誰なのかわからなくなったりします。
その時その時の、彼女が見ている世界を、彼女の目を通して見ることができたらどんなにいいだろうか。
従姉妹はそんな母親を大変な思いをして自分の家の近くにある施設に移し、毎日のように世話をしています。
本当に頭が下がります。

11月15日
14日の夜に三重県に移動し、今年の2月に亡くなった伯母のお墓参りに行きました。
お墓までの道中、子どもの頃によく通った道を、伯母の娘である従姉妹と夫、そしてわたしの3人で歩きました。
どの通りも、神社や鳥居も、そして疏水も、子どもの目で見ていたからか、覚えているよりも小さくて、不思議な懐かしさを感じます。



借金の取り立てがいよいよ激しくなり、両親ともにどこかに姿を消してしまったとき、置いて行かれた弟とわたしの面倒を見てくれた伯母と従姉妹が住んでいた家の前を通り、

伯母のお骨が納められているお寺に到着しました。

先ほどの鳥居の前まで戻り、さて、この鳥居は一体いつ建てられたのかとよくよく見てみると、

安永という文字が刻まれていました。安永、安永、安永…と首を捻っていると、


こちらの店先にご夫婦が立っていて、わたしたちに手招きしてくださっているのでお言葉に甘えて入らせてもらいました。

お店の奥のお座敷に上がらせてもらい、中庭を見せていただきました。

このご夫婦は酒屋のオーナーで、この鳥居前に建つ幕末の町屋座敷で、地元のお酒やお茶、銘菓を販売しています。
その商売の傍ら、町の成り立ちや幕末から今日までの歴史を影絵にして上演したり、江戸時代から昭和初期の品々を展示したりして、たくさんの人たちを楽しませてくれるそのご夫婦のやり取りを聞いていると、まるで漫才のように楽しいのでした。




思いがけずに歴史を楽しく学ばせていただき、小腹が空いてきたので、従姉妹が前々から気になっていたというレストランに行ってみました。
そのお店は、大人が一人通れるかどうかというほどの細い路地の奥にありました。

壁には手裏剣が😅。

到着です。

料理も給仕もおあいそも、みんな自分でやってます、という店主は、イタリアに深い愛情を持つ腕利きのコックさんでした。




膨れたお腹をこすりながら歩いていると、どこかから懐かしいお琴の音色が聞こえてきました。
ああ懐かしいと声を上げると、従姉妹が「そりゃそうよ、まうみも通ってたお琴の先生の家の前やもの」と言うではありませんか!


いやいやいやいや、これは懐かし過ぎる!
この家には3歳から7歳までの5年間通いました。
絶対音感を持っていたわたしは、幼いながらもお琴の13弦の調律を任され、いつも重宝してもらっていたのでした。
弾くのが楽しくて、どんどんと進んでいったのですが、7歳の終わりにピアノに進むことになってお琴を辞めなければならなくなり、最後に『六段のしらべ』をどうしても弾きたくてお師匠さんにお願いしたら、「弦を弾けてもあなたの歳では理解できないから」と断られ、大泣きした覚えがあります。
なのに、家から聞こえてきたのは、まさにその『六段のしらべ』!
もう我慢ができなくなって、従姉妹を引っ張って家の中に入ってしまいました。
従姉妹もその家で長い期間お琴を学び、師範の資格を持っている人なので、全くの外部者ではありません。
中に入ると、そこにはわたしが習っていた頃の師匠とそっくりの娘さんが、3人の生徒さんと一緒に座っていて、突然の闖入者にびっくり。
事情を話すと、快く座敷に招いてくださり、みなさんで『六段のしらべ』を演奏してくださいました。


60年前と全く同じ空間で聴く『六段のしらべ』はただ懐かしいというだけでなく、この曲を恋してやまなかった7歳の胸の震えを感じて、涙が込み上げてきました。

秋祭りの屋台が並んだ境内に続く道も、こんなに狭かったんだ。


ちょうど七五三の日でした。

従姉妹がよく遊んだ場所。

ここで松明が焚かれ、甘酒を飲んだ思い出があります。

11月16日
大阪に移りました。
大阪といえばこれ!


江戸堀にお店がある眼鏡屋さん『G-KENEYES』。
大阪に来たのはこのお店が目当てです。
ここには、一度でも通ってしまうと、2度と他のところでは眼鏡を作ってもらう気にならないほどの、懇切丁寧で綿密な検眼と、どんなフレームでもお客の望みを叶えてくれる高い技術力を備えた職人さんがおられます。
今回は、2年前に購入したピアノの読譜用眼鏡の点検と、車の運転用の眼鏡を新たに作ってもらいに行きました。

実は、大阪に移った夜、わたしが予約した部屋がとんでもないことに。
そもそも、日が暮れる中、わたしの代わりに大型のキャリーケースをゴロゴロ引きずっていた夫の機嫌はどんどん悪化していたので、1分でも早く見つけたかったのに見つからない…。
やっと見つけたと思ったら、今度は建物そのものに入るドアの開け方がわからない。
夫の不機嫌度はピークに。
やっとのことでそのドアが開き、わたしが予約したの部屋の前に立つと、またまた不可解な暗号が。


二つの難関を突破して、やっとのことで部屋の中に入るや否や、夫が鼻をつまんで「臭い!」と叫ぶではありませんか。
元々鼻詰まりのわたしは何がそんなに臭いのかわからず、扉という扉を開いては中を点検する夫をただ見つめているだけ。
今さらここをキャンセルして新しいホテルを探す気力もありません。
とにかく今夜はここに泊まって、次の晩は違うホテルに移動しよう、ということになりました。
いっときでも部屋の中に居たくなかったので、夕飯を食べに出発。

ちっちゃいけれどド派手な電車駅を通り過ぎ、

夫が好きそうな食堂を見つけました。


その夜中にふと目が覚めたわたしは、鼻の奥に居座るとても不快な臭いに気づきました。
え?なにこの臭い?下水?
もしかして、夫が大騒ぎしていた臭いってこれだったのか?
それからはもう眠れません。布団の中にもぐって、ただただ朝が来るのを待ちました。

11月17日
翌日の朝、そのトンデモ宿からあまり離れていないホテルに移り、とにかく一安心。
朝ご飯を食べに外に出ましたが、どこもまだ閉まっていて見つかりません。

万博の宣伝してるけど、開催できるのでしょうか…。

もう諦めてコンビニで何か買おうかと思ってたところに、ホテルの入り口が見えました。
もしかしたら朝食バイキングなんかがあるかも…ありました!


この日のメインイベントは大津の友人たちに会いに行くことです。
懐かしい京都駅。


夫がいい塩梅に映り込んでいました😅。


これまた懐かしい、8年間暮らした琵琶湖畔。

久しぶりに会った二組の友人夫婦たちと一緒に、美味しいランチを食べました。

日本の電車は楽しい。

11月18日
ホテルの窓から、電車に乗った乗客の顔まではっきり見えます。

出た!コンビニ朝ご飯!

さて、この日以降は、夫とは別行動になります。
彼は関西在住の友人たちに会いに行き、わたしは母と義父の家に移り、母の90歳の誕生日祝いをする温泉一泊旅行でまた合流し、その後夫はアメリカに、わたしは母たちの家に残るという予定になっています。
二人で気ままに過ごせる最後の日ということで、観覧車に乗りたいと思い行ってみたのですが、残念ながら休止中。
では、何か美味しいものを食べようと、市場に探しに行きました。

甘いもん💜


ほんでもってお寿司❤️

今日はこんな活きのいいのが入ったよ〜と職人さんが見せてくれました。

またまた見つけた楽しい電車。

11月19日以降と「母の90歳のお祝い旅行」のお話はこの後に。
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