今朝はとても嬉しくて、そしてすっきりとした気分で目が覚めた。
独りじゃなかったという心の底からの安心感に満たされていた。
目覚まし時計で目が覚める直前まで、亡き両親とたくさん話をしていた夢を見ていた。
いや、話をしていたというのとはちょっと違うかもしれない。
私が聞いてもらいたいことを一方的に話し、それを両親がただ黙って聞いているという夢だった。
周囲に家族がいるから孤独じゃない、というのは違う。
周囲に人がいても孤独を感じることがある。
最近すこしネガティブな気持ちになることがあって、家族にも言えず、もちろん妹や友人にも言えず、ただひたすら自問自答していた。
その答えは誰に聞かなくても、自分自身がよく知っていた。
だから余計に周囲に話すようなことではなかったが、ただ孤独を感じることがよくあった。
こんなに孤独を感じたのは久しぶりかもしれない。
でも、心の中は孤独でも日常生活ではごく普通に振舞うことができた。
周囲は、誰も私がそのようなことを思っているとは気づいていないと思う。
ただ、亡き両親には気づかれていた。
誰かに話を聞いてもらいたいという願望が、亡き両親に聞いてもらうという夢を見せたのかもしれない。
そうかもしれない・・・
そうかもしれないが、私としてはやはり「繋がっている」と信じたい。
お線香による先祖供養は、目に見える世界だけしか見ていないと、ただの一方通行に思うかもしれない。
でもそうではない。目には見えないが、供養したいという気持ちは確かに通じている。
では、その証拠をみせろと言われても、心の中の世界のことはなかなか現実世界で説明することは難しい。
だから、そんなことで議論するのは不毛な議論になる。
それを信じる人だけがやればいいと思う。
先祖供養を始めてからやっと11年目。まだまだだ・・・
先祖を辿って行くと、最後は人類の祖先に辿りつく。あと何年、自分は供養をできるのだろうか。もっともっと供養したいと思う。
だから健康に気をつけて、認知症にもならずにいなければ・・・(笑)
今朝は、なつかしい両親に会って気の済むまで話を聞いてもらってすっきりとして、亡き人たちや内在神と繋がっていることをもう一度思い出させてもらった。
今日からは、もう孤独を感じずに済むだろうと思う。