1月17日(日) 晴に、
夜の各紙やラジオ・テレビに、さくら♪が日ごろから「熱血!寺尾」と賞して已まない、元関脇・寺尾こと錣山親方(本名福薗好文)のご逝去が、大要、以下のように伝えられた。
大相撲の元人気力士・関脇寺尾の錣山親方(本名福薗好文)が17日、かねてから療養中の東京都内の病院でうっ血性心不全のため死去した。60歳だった。 鹿児島県出身で、父は元井筒親方(関脇鶴ヶ嶺)、長兄は元十両鶴嶺山、次兄は元関脇逆鉾と相撲一家に生まれた。1979年名古屋場所で初土俵。小兵ながら鋭い突っ張りを武器に番付を上げ、85年春場所で新入幕、89年春場所には新関脇昇進を果たした。細身ながら、回転の速い突き、押しを武器に活躍し、2002年秋場所限りで現役引退した。39歳だった。
三役在位は13場所で、幕内在位は史上6位の93場所。通算出場は1795回で同4位、通算勝利は860勝で同10位三賞は殊勲賞3回、敢闘賞3回、技能賞1回。金星は7個獲得など記録を打ち立て「鉄人」と賞された。
引退後の04年1月に錣山部屋を創設し、関脇阿炎、小結豊真将(現・立田川親方)らを育てた。
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そこで思い出す‼ 熱血!寺尾とさくら♪をつないでくださった、奈良県大和高田(やまとたかだ)市・大和(だいわ))ガス社長(現相談役)の中井隆男さんを。 大相撲のタニマチで知られる「南天のど飴」の常盤薬品創業者・中井一男さんの御曹司で社長を務めたりもなされたけれど、のちに地域の基幹企業・大和ガスの社長に就任なされ今は相談役として、各方面に多彩な活躍をしておられる。
もともとスポーツマンで、大和ガス野球部の創設から育成➡発展的解消の末大和高田クラブを創部・育成し、地域の少年野球の育成などにも力を尽くされ、日本野球連盟傘下のクラブチームとして昨年9月には、第46回全日本クラブ野球選手権大会において、「3大会ぶりに5回目の優勝を飾り、優勝回数ではマツゲン箕島硬式野球部に並ぶ2位タイとなった」とのことで、毎日新聞 (2022/10/30付け)によれば・・・
大和高田クラブの中井隆男部長を表彰 創部に尽力
第47回社会人野球日本選手権大会(毎日新聞社、日本野球連盟主催、大阪市共催)の大会本部は第1日の30日、第1試合で登場した大和高田クラブの中井隆男部長(奈良県野球連盟顧問)を表彰した。奈良県野球連盟の会長を20年間務めて同クラブの創部に尽力するなどし、「社会人野球の普及、振興に大きく寄与した」と紹介されている。
大相撲にも関わりが深く、「木戸御免」の身分で相撲会場を自由に出入りしておられ、熱血!寺尾の贔屓として化粧まわしを贈ったり、大和ガス本社には本格的な土俵を築いて場所前の錣山一門の稽古場に提供されるなど、熱血!社長、熱血!理事長、熱血!会頭など、スポーツでのご活躍をも大きく上回り、2005年11月に、公共の利益に尽くした人に授与される藍綬褒章を授与され、2015年5月には、大和高田商工会議所会頭時代の業績により産業振興功労部門で、春の叙勲旭日小綬章を授与されるなど、人品骨柄見事な経済人、否、人間味豊かなまことに魅力的なお方である。
※「さくら♪ブログ」の過去ログに、下記の投稿が残っていた。
午後の近鉄特急で、NTT西日本大阪病院の糖尿病外来に向かうべく、名張を後にする。
深謀遠慮のこのDrのおかげで、7月中旬からインスリンの注射を止めることになり、錠剤が1日2種類4錠供されることになって、今月で3回血液検査を受けた。その結果、毎回わずかずつだけれどHbA1c値は上昇を続け、今月はなんと7、6! けれど、太っ腹のDrは、「大丈夫! あなたの年齢で何の後遺症も無く推移しているのだから、糖尿病は上手にコントロール出来ていると言えますよ」とおっしゃる。
現役の灯が消えるその日まで、楽しませてもらいました。特に、貴闘力引退の花道を飾ったくだりは、今読み返しても胸にジンときます。追悼号外を楽しみに待ちます。