台風は通り過ぎたが、北から強い風が吹いている。昨夜の風で、南側のバルコニーに日除けのために植えたゴーヤの支柱が折れていた。昨日は東からの風が強かったが、まさか支柱が折れるとは思わなかった。豊橋では突風のためにトラックが横倒しになったし、屋根が吹き飛んだ家もあったから、支柱が折れたくらいの被害で済んでよかったのかも知れない。
風向きが北からに変わり、西側のルーフバルコニーに置かれたサルビアの花が強い風に煽られ悲鳴を上げているように見える。バラもアジサイも大きく揺れ、折れそうになるのを堪えている。生きるものはその場に踏ん張って耐え、災いが通り過ぎるのをジッと待っている。しかし、人は耐えられなくなる時がある。子どもたちが建物から飛び降りて自殺した記事があったが、胸が詰まる。
こんな時、教育委員会は「第3者機関で調査する」ことが多い。そして「いじめはあったかも知れないが、自殺の原因とは断定できなかった」と言う。どんな調査をどのように行ったのか分からないが、子どもが自殺したことは確かなのになぜ一歩踏み込もうとしないのだろう。学校も担任も「自殺するような子ではない」とか「そんな気配は感じられなかった」とか、弁明する。
子どもは親には話せない。話せる友だちがいれば自殺もしいないだろう。話せる相手がいないから、思い詰めて死を選ぶことになる。だからこそ教師は教科を教えるだけでなく、子どもたちが相談しやすい教師でなければならない。子どもたちの様子を注意深く見守っていれば、防ぐことは出来ただろう。教師が忙し過ぎるとは思うが、一番大事なことは子どもたちの命を守ること。それが教師の務めだと思う。
先日、卒業生が開いてくれたクラス会に出て、「やっぱり3年間一緒のクラスというのがよかったわ」と言うのを聞いて、なるほどと思った。互いを知ることで今も深い絆が存在するようだ。私の高校時代を振り返っても、3年間一緒だった新聞部の仲間や中学からの友だちのことを一番思い出す。今、卒業生のひとりから「クラス会では話せなかったから」と電話があった。