句集紹介14 『若葉 鹿児島』NO.17 令和4年31日発行
大川畑光詳
(編集長・俳人協会鹿児島県支部事務局長)
永田満徳『肥後の城』
永田満徳氏は1954年、人吉市生まれ。1987年「未来図」入会、鍵和田秞子に師事し、現在は「秋麗」(藤田直子主宰)同人である。また俳人協会熊本県
支部長をはじめインターネットを利用した俳句大学学長、日本俳句協会副会長など幅広く活動しておられる。
『肥後の城』は『寒祭』に次ぐ第二句集である。
劈頭に置かれた一句はわが身と重なり、共感した。
肩書の取れて初心の桜かな
永田氏も長く高校の国語教師として務められた。私自身、三月で退職し、改めて初心に返り、新たな人生へ歩み出す。桜は俳諧の花であり、「初心の桜」と据えたところに自らの句境を深めていこうという覚悟が感じられる。
永田氏の作品には物の描写によって対象を見る者の心理が描かれて、深い味わいがある。
さへづりのつふだちてくる力石
衣擦れのして運ばるる夏料理
年の瀬や雑誌の文字の裏写り
争ひの双方黙る扇風機
制服をどさりと脱ぐや卒業子
一句目、「つぶだって」ではなく「つぶだちて」と表現したことで全身に込める力が韻律でも感受される。二句目、衣擦れは仲居さんのきびきびとした所作の発する音であり、夏料理の涼しさと通い合う。三句目、年の瀬の慌ただしさが文字の裏写りに象徴される。新鮮な句材が生かされている。四句目、先ほどまでの激しい口論の後の沈黙に置かれた扇風機が絶妙である。四句目、「どさりと」と重苦しかった学校生活が脱ぎ捨てられる。具象を通して心理が巧みに詠まれている。
小動物にも凝視による的確な把握がなされ、読者にも対象の身体感覚まで感じられるほどだ。
あぶれ蚊の寄る弁慶の泣きどころ
ペンギンのつんのめりゆく寒さかな
老犬の背より息する残暑かな
永田氏の住む態本は地震、豪雨と災害に相次いで見舞われた。それらの作品は本句集の中核をなす。
夏蒲団地震の伝はる背骨かな
「負けんばい」の貼紙ふえて夏近し
梅雨出水避難の床にぬひぐるみ
困難な境涯に遭ってもなお詠まざるを得ないのは俳人としての性である。それが社会に及ぶのも永田氏の俳句の懐の深さである。
春雷や自殺にあらず諌死なり
財務省の文書改竄に関係する事件を想起させるが、諌死は古代中国から見られ、ある意味忠義の証とも言える行為だ。すぐに止んでしまう春雷が切ない。
(文學の森 2121年9月27日刊)
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