◇第一級のビジネスクライム・ノベル
[ビット・トレーダー]樹林 伸(きばやし・しん)著 幻冬社1.700円2007.10初版
「待っている人が多いので、早く返してくださいね」図書館の係員に言われた。
それにしてもこの本の人気沸騰振りは、この間読んだ田中森一著「反転」に勝
るとも劣らない。
多少なりとも株をやった者にとって、身に覚えのあるシーンと感情が気味が悪
いほど伝わってきてつい読み耽ってしまう。夜更かしをして2日で読み切った。
米国のサブライムローンの焦げ付きに端を発した世界同時株安とこれに連動した
金融不安で、このところ株式市場も個人投資家は青菜に塩状態であるが、一
頃は「デイトレ」とかいってハウトゥ本が出回り、儲かった話ばかりが飛び交っていた。
この小説の主人公は外車のディーラーの販売員。時間が自由なのでマンションの一
室を借りて株取引に没頭している。そのきっかけはここでは触れないが、必ず
しも時間単位の売買ではないのでいわゆるデイトレーナーではない。それなりに業
界・銘柄研究の上で時間を置いて戦略的に売買に臨んでいるようだ。不明にし
てはじめて知ったが、「ビット・トレーダー」とはまさに現代の個人投資家を的確に言
い表している。
著者紹介を読むと驚く。「金田一少年の事件簿」、「クニミツの政」、「神の雫」など
人気作品を手がけている漫画作者である。しかし自身で相当株取引を手がけ
ていなければここまで迫真的な状況を綴ることはできまい。物語活況場面に登
場する「信用取引、とりわけ「空売り」の怖さは、息詰まる緊張感をもって読者
に迫る。「見せ板」という業界用語は初めて知ったが、確かに寄り付き前の気
配値を見ていると、突如現れてトレーダーを惑わせては、立会いが始まる寸前に
さっと消えてしまう異様な動きはまま見られる。こういったプロないしセミプロの手
口とあしらい方も出てきて勉強になる。
ストーリーは読んでのお楽しみであるが、ホストクラブや援交、「ほんまかいな」と思う
ほどアングラな、人身売買もどきの売春システムが出てきたりして、飽きさせない。
しかし結末はというと、ハッピーエンドとまでは言わないまでも、思わず苦笑いする
ほど呆気ないソフトランディングで、惜しい。もう少しシビアな締め方があったのでは
ないか。
ビジネス小説が多い作家江上剛氏は「ラストできっちりと「人間ていいな」と思わせ
るところが、また憎い」と、また松井証券松井社長は「人間という生き物の業が、
「株式市場」を通じて見事に描き出されている。」と評している。