読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

佐々木譲の文庫本「夜を急ぐ者よ」

2010年02月11日 | 読書

ハードボイルドサスペンス
  佐々木譲がまだ作家として走り出して間もない頃の作品「夜を急ぐ者よ」の文庫
 本が出た。昨年12月5日のことでポプラ社から。
  この著者の本は見逃さないH女史が早速買って、読み終えるとすぐに我が家
 にやってきた。

  追われる男と待ち続ける女!台風に荒れる那覇を舞台に、甘い香りとダンディ
 ズムを漂わせた佐々木譲渾身のハードボイルドサスペンス!

  これは本の腰巻の惹句である。

  読み終えての我輩の印象としてはちょっと違う感じで、待ち続ける女・・・?甘
 い香りとダンディズム・・・?ちょっと言葉に酔いしれているんじゃないのという感
 じで、詩情溢れてはいるが、甘くはない。ダンディズムはチャンドラーやカート・
 ヴォネカット、吉本隆明など多くの詩や台詞の引用やもじりがあるからか。
  その証拠といっては何だが、解説を書いている池上冬樹氏はこの本のジャンルを
 「恋愛&サスペンスの趣が強い」としている。ハードボイルドと呼ぶには主人公が
 それほどのハードボイルドでないし、甘い香りというよりは、誰しも一度は味わい
 かねない熱烈な恋情が、非情な運命の交錯によって霧散し、その悔恨を抱いて
 生きた人生に或る日再生への希望みたいなものが生まれた。そんなものが根
 底を流ているのじゃないか。それは甘いとは言わない。

  突然自分の前から消えていった男。絶対の愛と信じていたものが実はまことの
 ものでなかったという悔恨の10年。また男にしてみれば、自分が蒔いた種とは
 え、待ち合わせの時間に行けなかった事情をおめおめと女に言い訳できない切
 なさ。これが10年後にひょんな状況で巡り合って、あのつらい事情が分かってみ
 ば、また愛が再燃しても不思議ではない。

  本書初出は1986年8月であるが、舞台の沖縄は1972年に返還後まだ日も浅く、
 米軍統治下の置き土産が残っている。普天間基地も登場する。

  サスペンスの中身をあれこれ書くと怒られるので止めるけど、解説者池上氏は
 佐々木譲文学は本質的に「詩情」がつよく、その詩情こそが佐々木譲の作品を
 読む読者の胸をうつ。それは吉本隆明の詩にある死、失意、不安、絶望、孤立
 、決起と基本モチーフが共通するというのである。

  ともあれ映画「カサブランカ」へのオマージュ(翻案・賛辞)だとする本書は単行
 本化を機に、一読・再読してみたい作品である。

    

    (この項終わり)

コメント
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