◇『ジェノサイド』 著者:高野和明 2012.3 角川書店 刊
高野和明の作品は初めてであるが、面白くて590ページの大作をほとんど一気に読んだ。
この種の小説は欧米の作者によるものが多いが、舞台の広がりといい対象ジャンルの斬新さ
といい欧米作品と比較しても全く遜色ないと言ってよいだろう。
分類上はサスペンス、SF小説とされているが冒険小説の色彩も強い。虐殺場面は残虐であり、
R-15指定だ。
家人は最終章でやや甘さがあると言っていたがこの種の小説では丁度いいのではないか。
物語はアメリカと日本とアフリカを中心に展開する。ジョージ・ブッシュと思しきアメリカ大統領
が登場するので時代設定は2003年前後か。登場する兵器なども最先端とはいえ赤外線偵察
衛星、武装無人偵察機プレディター、ステルス戦闘機ラプター、衛星携帯電話など新規性はない
のでいわゆるSF小説のイメージからは程遠い。むしろ驚くべきは「肺胞上皮細胞硬化症」という
耳慣れない難病(世界に患者数10万人と推定)治療薬開発に向ける有機合成研究者の苦闘の
プロセスを克明に追っていくスリリングな展開である。著者はこのために創薬化学者など9人の
助言を得ている。専門外ながら創薬のプロセスや開発薬の検証など新薬開発の世界の一端を
垣間見る想いで知的興奮を覚えた次第。
主人公は古賀研人(コガ・ケント)という有機合成の大学院生。父も薬学の大学研究者。かつて
アフリカにHIVの調査に赴いたことがあるが、突然亡くなる。研人に残されたのはパソコン状の黒
いボックス。それは思いもよらないソフト力を持ったコンピュータだった。
一方アフリカで現世人類の知力をはるかに凌駕する知性を持った人類が突然変異で誕生した。
僅か3歳にしてあらゆる状況を総合判断し瞬時に解決策を提示できる(ここいらがSFか)。
現世人類から進化した個体の出現。
超人能力で国家機密の暗号解読を怖れたアメリカNSA(国家安全保障局)とCIAはこの超人類
とその親、部族のすべてを抹殺する作戦を立てる。ジェノサイド(大量殺戮)である。このために4
人の訓練された暗殺チームが組まれ、コンゴ共和国のピグミー族の一集落に派遣された。
コンゴ共和国は周辺部族が入り乱れ大量虐殺の攻防が繰り返されている地域。暗殺チームの
面々は、これらの武力を掻い潜りながら殺害対象を追い詰めているうちに超人類の子供の入手し
たアメリカ機密情報によって自分たちがアメリカ大統領の命令のもとに罪もない人たちを殺すため
に派遣され、最終的には自分たちも殺される運命にあることを知る。
殺戮集団の一員ジョナサンの息子は「肺胞上皮細胞硬化症」のために余命1カ月に満たない状
態にあり、ジョナサンは治療薬開発に取り組む古賀研人」の存在を知り、開発を助ける超人類の保
護とアメリカ大統領による超人類殺戮作戦撤回に向けてまい進する。
「全ての生物種の中で、人間だけが同種間の大量虐殺をおこなう唯一の動物だ・・・人間性とは
残虐性なのだ」(p407作中のハイズマン博士の言)
人はなぜ戦争をするのか。著者は、アメリカの大統領は民主主義のシステムの中で合理的に選
択された権力主体と言われながら、巧妙に絶対権力者たる存在として仕組まれており、大統領の
性向(残虐性を内包するか否か)が全世界の運 命を左右する危険性を内包していると看破する。
(以上この項終わり)