読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

桐野夏生の『猿の見る夢』

2016年11月02日 | 読書

◇ 『猿の見る夢』 著者:桐野 夏生 2016.8 講談社 刊

  

  図書館では数百人のリクエストがあって、やっと順番が回って来た。
  そもそも週刊現代で2013.8.10号から2014.9.6号まで連載された作品で、この度
 単行本として刊行、再アピールされた。
  「これまでで一番愛おしい男を書いた」と著者ご本人が発言している。彼女が愛お
   しく感じるのはこういう種類の男かと、勝手にがっかりしたが、「…現代社会を照射
 する桐野文学の新たな代表作」と大げさに言わなくても、現代風俗の一断面を種々採
 り入れて、面白おかしく仕立てているところはさすがと言わねばならない。

  主人公の薄井正明(59歳)は元大手銀行員で、OLIVEという女性衣料品製造・小売
 の会社の会長織場に請われて経理担当取締役の地位にある。史代という妻と2人の息子
 がいる。
  常務取締役になれば65歳まで安泰なので何とか常務になりたい、あわよくば無能(と
 薄井は思っている)の社長(織場会長の女婿)が失脚すれば社長になれるという期待も
 ある。しかし冒険もしないし、目立つこともしない、要領良く過ごすのが処世術と心得
 ている。ただ自分の心の弱さに苦々しさも感じているという弱気な一面もある。

  同じ銀行の出身で現在はNET関連の会社に勤めている田村美優樹(46歳)と大人の
 付き合いをしている。すでに10年近い付き合いである。 
  月3万円を渡しているが、愛人として囲っているというわけでもない。彼女のマン
 ションに時々通って食事をして、ビールを飲むそしてSEXを楽しんで大抵2時間で帰る。
 決して泊まらない。妻には仕事で遅くなったと言っているから。
  携帯のメールで美優樹をなだめる時には「みゆたん」などと呼ぶ。まるで中学生のよ
 うなやり取りを躊躇なく出来るところが薄井のキャラクターなのだ。(桐野夏生が愛お
 しく感じる男の一面?) 

  薄井は「自分は女がいないとダメな男だ」という自覚がある(p437)だけに会長秘
 書の朝川真奈(38歳)にも気があって、何とか関係を持ちたいとチャンスを狙っている。
 バツイチであるがやや豊満な体形で美優樹にはない魅力がある。
  この朝川もしたたかな女で、社長がセクハラの常習者であることへの怒りから、ネッ
 トに会社のセクハラ事件をバラし社長の失脚を図ったりする。間に立って事件の収拾を図
 った薄井は好機到来とばかりに朝川に関係を迫るがあっさりと、しかし断固として断られ
 る。

  妻の史代がゴルフ仲間の縁で長峰栄子という怪しげな預言者(65歳)と付き合い始め、
 薄井家に寄生するようになった。この長峰のせいでいろんなことが複雑に回転し始める。
  そんな中、認知症の母が亡くなった。妻が母や妹と不仲であったせいもあって見舞にも
 行かなかった薄井は、遺産を全て妹に残すという母の遺言書を盗みだすことまでやる。
  
  葬儀に乗り込んできた「みゆたん」に薄井は仰天する。妻は怒り離婚するという。美優
 樹は結婚はごめんだという。家を出された薄井はウィークリーマンションを借り、独り暮
 らしに。
  頭を抱えた薄井の野望はどうなるのか。自業自得といえばそうだが。

  こうした類の小説の展開はおおよそ想像がつくが、なんと終章が呆気なく、すべからく
 中途半端で消化不良である。
  やっかみ半分でいえば、たとえ3万とはいえ、月々小遣いの中から女性に囲い込み料を
 払えるサラリーマンはそうはいないのではないだろうか。一部上場の会社役員という主人
 公の環境設定は都合が良い。ケチで、自分勝手で、優柔不断で、スケベで…こういう軽佻
 浮薄な男って案外多いかもしれないが、作者が面白おかしくするために書いた設定なの
 で、自分をそんな立場においてみたらとか考えながら読むとまた面白い。 

  薄井とみゆたんは普通のセックスフレンドの関係になったようだが、得体の知れない預
 言者長峰の行方はしれず尻切れトンボ。織場会長が癌で経営意欲を失い、社長のスキ
 ャンダルもあって大手スーパーのTOBに応じてOLIEVEは消滅。社長どころか常務昇進
 も夢と消えた。「史代に離婚を翻意してもらうしかない」と思ったがどうなったのか解ら
 ない。
  週刊誌の契約期間があって、しっかりと終章をまとめることができなかったのかもしれ
 ないが、単行本にする機会に加筆して欲しかった。

  猿の見た夢という題名の由来は?作中予知夢預言者長峰が講釈しているように、本来
 「論語」では見ざる、聞かざる、言わざるの三猿ではなく「せ猿」の入った四猿が正解。
 礼なきことをしてはいけない。姦淫に対する欲望を戒めているのだというが、さて、夢を
 見た猿は薄井を指すのか? 取ってつけたような題名、ちょっと無理があるのではないだ
 ろうか。わざわざ長峰に無用な真面目な講釈までさせて。
                               (以上この項終わり)
  
 

  

 

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