◇『第一級謀殺容疑』(上・下)原題:Against the Wind
著者: J・F・Freedman 1997.11新潮社 刊 (新潮文庫)
リーガル・サスペンスというジャンルがある。スコット・トゥローやジョン・
グリシャムの作品は好んで読んだが、この作家、J・F・フリードマンは初めてで
ある。
リーガル・サスペンスは事件そのものよりも法廷での検事と弁護士の丁々発止が
面白い。日本の裁判物より陪審員制度のアメリカの作品がやはり面白い。裁判地を
どこにするか、陪審員をどう選ぶかあたりからサスペンスが始まる。白人・黒人・
男・女・雇用者・被雇用者・老人・若者、学歴等々。陪審員をどう納得させるかで
裁判の結果が左右されるから陪審員選びが重要になる。
これまでは若い弁護士が、あるいは落ちぶれた弁護士が最後に勝利し、めでたし
めでたしの結末の作品が多かったが、この作品は違う。冤罪の色が濃厚なのに陪審
員は有罪と結論し、裁判に敗れ死刑判決が確定してしまう。
(これで上巻は終わり)
下巻から主人公の弁護士ウィル・アレグザンダーの必死の反攻が始まる。珍しい
構成である。
ウィルは酒と女に弱い。顧客からのクレームで働いていた法律事務所からはパー
トナーの座を奪われかけている。家庭も崩壊状態で、全財産を失いかねない離婚話
が進行中。溺愛する娘は手元から失いかけている。まさに人生の崖っぷちに立たさ
れているウィルが、名指しで弁護を依頼される。事件は冤罪の色濃く、堅固なアリ
バイもあって起死回生の意気込みで裁判に臨む。
舞台はアメリカはニュー・メキシコ州サンタ・フェ。放浪中のヒッピーの惨殺遺
体が市郊外の山中で発見された。警察は事件発生当時サンタ・フェを通過中だった
アウトロー・バイカー(暴走族)の4人組を逮捕する。凶悪と不潔の代名詞のよう
に嫌われていた彼らは格好の容疑者になってしまう。
逮捕された4人組無実を言い立てて、刑事事件では州内第一人者と目されている
フィルに弁護を依頼してきた。
ならず者を脅したりすかしたりしながら状況を聞いていくうちにフィルは彼らの
冤罪を確信する。何しろアリバイを証明する物証がある。だが検察は現場にいたと
いう目撃証人リタ・ゴメスと、その証言を裏付ける鑑定証人を立て反論する。しか
し悪いことに嫌われ者のアウトロー・バイカーに対する予断と偏見は強力で、陪審
員の審判は「有罪」だった。
さて、有罪判決でバイカーの4人組は刑務所に収監された。失意のウィルは収監
されている4人組に会いに行くが「何かいい知らせは?」と聞かれても首を横に振
るしかない。上訴の要件は厳しく、再審の実現は普通千分の一しかないのだ。
弁護団の一人だった美人で有能な弁護士メアリー・ルーは今やウィルの新しい恋
人。そのメアリーが決定的な証人であったリタ・ゴメスを探し出してきた。リタは
裁判終結後忽然と姿を消していた。そのリタが現れ自分の行った証言は警察の仕組
んだ偽りの内容だというのだ。
ウィルとメアリーはリタの供述調書を作り、再審請求の可否を問う審理を求めた。
リタは誰にも知られないところに匿った。ところが審理予定当日リタは姿を消して
しまう。
ウィルとメアリーは必死になってリタを探し回る。裁判官の心証を悪くしたウィ
ルらは、4人組の無罪を決定的に裏付ける証拠でも出ない限り再審請求審理は無理
だとあきらめかける。
そんな時4人組収監の刑務所で暴動が起きる。刑務所看守など12人が人質にな
った。州知事はじめ検察、警察が頭を抱えている中、4人組の頭ローン・ウルフが
受刑者をまとめ評議会を作った。刑務所内の待遇改善を求めるが、交渉相手は弁護
士のウィル以外は受け付けないという。決死の思いで乗り込んだウィルはローン・
ウルフとのタイアップで見事人質の解放に成功する。ウィルは一躍ヒーローである。
テレビでこの騒ぎで活躍したウィルを見たリタが再び連絡してきた。今度こそ警
官に強要されて偽証したことを証言するという。また、遠く離れたウエスト・バー
ジニア州の片田舎の保安官から事件の犯人は自分だという男がいると電話してきた。
飛行機で飛んで話を聞くと真犯人との心証を得た。今度こそ再審請求の審理に立ち
向かえる。
しかし検察側は偽証をした証人が今度は本当の証言だと言っても信用できないと
あくまでも反対する。ようやく「俺が犯人だ」という男の証言と凶器のピストルの
発見で事態は急転直下収拾される。控訴棄却で収監中の4人は釈放された。
この本の面白さは裁判でのやり取りもあるが、女たらしで酒浸りの中年弁護士
ウィルが、4人組の裁判を通じて次第に崖っぷちの自分の姿に思いを致し、酒もほ
どほどにし、女にも自戒し(しかしメアリーがいながら依然として女性にはふらふ
らするが)徐々に立ち直っていくところだ。
アメリカの小説ではありがちではあるが、読者へのサービスとして男女間のこと
が必ずと言ってよいほど出て来る。本書でも幾度かかなり際どい部分が出て来る。
U18の小説と心得て、年頃の娘の居る方はこの本の置き場所に十分注意を払われた
方がよい。
(以上この項終わり)