◇『みがわり』
著者:青山 七恵 2020.10 幻冬舎 刊
芥川龍之介の「藪の中」現代版を思わせる。主要人物がそれぞれの事実を物語る
けれども、真相はわからない。
ほんとはどうなのか。最終章で予測できたところに落ち着くのであるが、登場人
物のそれぞれの証言がまるで正反対であったりして、執筆を請け負った作家が、も
はや自分が受けた印象で描くしかないと決断するほどの藪の中なのである。
この小説のもう一つ面白いのはこの作家の軽妙洒脱な比喩でユニークな感覚の表
現をされるのでつい笑ってしまう。
新人賞はとったものの第二作目がなかなか出せずにいた作家鈴木嘉子は、新設書
店のサイン会で熱烈なファンという九鬼梗子と知り合う。如月百合という梗子の姉
に嘉子がまるで生き写しで感動した。ついてはぜひ姉百合の物語を書いてほしいと
いう。
1年という期限で百合の伝記を書き上げること。著述料は2百万円、毎週水曜日
に九鬼家を訪問し百合の話を聞くこと。定期的に原稿チェックを受けること。が条
件だった。
もちろん執筆に当たっては梗子自身との夫青磁、百合をお姉ちゃんと呼ぶ娘の沙
羅、百合が住んいた叔母の小宮さんのマンションの管理人の内山さん、隣の部屋の
住人轟さん、一時同居人であったパン職人の山岡さん等々から百合の人となりなど
情報入手に務めるが、3人3様という始末で、まるで藪の中。仕方なく嘉子は自分
なりの推測で百合の人物像を固め,起こった状況などを自伝風にまとめる。梗子は
大筋は姉を褒めているものの、どうやらある事件以来確執が生じたことが明らかに
なる。
それは梗子が作文コンクールで県知事賞をとったことで、梗子自身が書いたとい
う説と百合が書いたものを梗子の作文として出したという説があるが梗子は自分が
書いた作品と譲らない。
百合と梗子の姉妹はともに文章を綴ることと絵を描くことが得意だった。しか梗
子はほとんど常に百合の指導に負うことが多かったのだという。
早くに両親を事故で亡くした二人は仲良しで、とりわけ姉の百合は梗子の面倒を
見るのは使命と心得て手取り足取りで指導に当たった。しかし二人の仲に亀裂が生
じた。それが作文コンクールでの梗子の受賞だった。真の作者がどちらであったか。
梗子の言い分と周りの証言は食い違う。そんなことがあって叔母の小宮さんが亡く
なって百合が家を出たときから二人の関係に亀裂が生じた。
梗子の娘沙羅と百合は仲が良かったが、梗子が青磁と結婚してから20年。二人
は会っていない。
百合の自伝を書く作家鈴木さんが梗子の夫九鬼青磁に熱を上げ、誘われて一夜を
過ごすシーンがあり、実は青磁は百合とも男女の関係を持ったことがあるなど、
ちょっとしたエピソードが明かされて、小説本体にどう影響するのか、興味を抱か
せるところもあるが、何もなくがっかりさせる。
最終章において意外な人の手によって百合の自伝創作事件の真相が明かされる。
係わりがあった人たちの証言の末に、亡くなったと聞いていた人が現れて述懐す
ることで実像が明らかになるという構成が成功したのかどうか。意外性があるよ
うなないようなしまらない結果であった。
(以上この項終わり)