春の簡単ちらし寿司とレンコンサラダ

2013年03月17日 | 料理
 この頃目いっぱいにスケジュールがつまります。JAの「おら家の味」断るのが面倒で引き受けてしまったけれど、締切までの時間がまったくない。

 この時期それも1ケ月後の食材を考えてレシピとなると、困るんだわね。それできっとお鉢が回ってきたのかも。

 それにしても、材料を買いに行く時間もままならぬ有様で・・・・買い忘れもでてきて(汗)

 昨夜遅く帰宅したら、おしかけも済んでいて・・・・どないしょうかと思ったけれど、まあこれでいいかあと開き気味なのでした。

 それでもいつもより20分程早起きして、寿司飯をつくり・・・いつもは適当なのだけどさすがに計量しましたよ。

 少し温かめなうちに、白ゴマとシラス干しを混ぜておきました。

 菜の花を花と茎に分けてそれぞれを色よくゆで、薄焼き卵も出し汁で片栗粉を溶きいれて・・・・いつもの5倍位緊張して焼きました。

 レシピは提出したけど・・・・買物にいってびっくりしたのは、うなぎの高騰と品薄。皆さんに喜ばれるレシピでは無くなったかも、と自信がなくなっていたのでした。

 朝食のついでにレンコンサラダを作くり始めたのですが、こっちの方が簡単だし・・・レンコンは花粉症にも効くらしいし。

 こちらにするならば料理途上の写真もいるからと、ゴマを摺ったところでストップしておくことに。

 昨日も午後お休みしたので定時に出社して10時の取材まで仕事です。

 帰宅してうなぎを温め、アボカボをカットし、菜の花の茎も細かくカットして準備終わり。

 春の簡単ちらし寿司です。
 寿司ご飯に白ゴマ・シラス干し・菜の花の茎・アボカボ・うなぎを混ぜ、お皿によそってから細切のりをのせ、錦糸卵をのせ、最後に菜の花の花の部分と取りおいたうなぎを飾ります。混ぜる具材の量はお好みでどうぞ。

 広報さんのお持ち帰り分には実山椒もトッピングしておきましたけど・・・・。

 ご馳走にするならば、イクラを飾ればとっても見栄えがいいんだけど。

 赤みが足りないわあと、冷蔵庫にある塩にんじんをチラチラとのっけてしまったけれど、写真とレシピの違いどうするの・・・・・広報さん後はおまかせ!!

 レンコンのサラダ
 薄切りのレンコンとキヌサヤは好みの柔らかさに茹でる。ハムは適当にカット。ゴマペーストかすりゴマとマヨネーズで3点を混ぜるだけ、塩コショウはお好みで。私は黒コショウをきかすのが好き。

 まあ多分レンコンサラダが採用になるかも・・・・・でも菜の花のお寿司食べたら病みつきになる美味しさだから・・・・。

 あわただしい「おら家の味」でした。

 ナスの時期だったら、焼きナスのトルコ風にしたかったなあー、と思ったのでした。
依田美恵子

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今日は小諸市で完成内覧会です。

2013年03月16日 | 住まいづくり
 今日16日・明日17日は小諸市で完成内覧会を開催しています。

 建前とも重なり、内覧会の会場にいられる社員が少ないので、当然私もそのつもりでおりました。

 明日何時に出発ですかあー、と聞きましたら「明日は会社の営業日なので・・・・」あら言われて見ればなるほどそうだわ「事務所の方をお願いします」になりました。

 社長が1日中立っているのは大変だから、とこの頃元気さに欠ける私に配慮がくだされました。

 でも最近の土曜日、お取引先もほとんどがお休みですからねえ・・・・。
本日の打合せのお客様は内覧会会場ですから・・・・多分私は暇なんだと思うのです。

 内覧会の会場は当社のホームページでご案内していますので、お出かけください。
さらにお時間のある方は当社にお出かけください(笑)

 私は日頃気にかけていてもできなかった仕事を片付け、時たま起こしのお客様とお話したり、修理のご依頼のお電話をいただいたりしています。

 それにしても事務所に一人というのは寂しい!! まさか鍵をかけとくのもなんだし!!

 昨日新聞の折込を見てお電話くださつたお客様、お孫さんのお家をお建てになりたいとか。伺えば会長の親戚の娘さんが嫁いだ先のご親戚の方でした。

 お仕事をいただくきっかけの中に、人と人とのご縁を感じることが多いのですが、そんなことをあらためて感じた日でした。

 人と人とのご縁を大切に一日一日を生きていくことの大切さを思います。

 穏やかな春の日になりました。寒さ暑さも彼岸まで、明日は彼岸の入りです。
                            依田美恵子

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よせばいいのに・・・・。

2013年03月14日 | 料理
 昨日、制限時間いっぱいの「中島木材通信」のポスティングに出かけました。
今週末の完成見学会開催のご案内が書いてありますので・・・・2,3日前から少しずつ歩いていました。

 幸いにも天気がいいのでルンルンです。でもついついマスクを忘れてしまうのです。
たぶん私の花粉症は杉ではないから、と無理に思って!!

 つい先日まで雪の心配していたのに、うそのような暖かさ。もう絶対に寒くならないと思えるんだけど、入学式が雪だったなんていうことは度々だからね。

 福寿草にクロッカスにオオイヌノフグリ・・・・世の中には桜も咲いている所もあるのに、佐久はこんな花で十分満足なのです。

 ギシャの黄色い花もほころんでいました。桜の花芽も膨らみ始めたといえば言えるかと見上げてしまったのでした。

 これからの日々、1日に幾つの花が見れるかが私の楽しい記憶能力回復日課です。

 帰宅したら、玄関にJA佐久浅間の「おら家の味」の原稿依頼がありました。「ねえお断りしてくれない」と言ったのですが、「適当に出しておけば」と連れない返事です。

 ただねえ、私今月は予定が目いっぱいたて込んでいて、レシピだけ出してお終いではなく、取材と完成写真と・・・・聞いてみれば途中の段階も、ですって。

 4月の旬の食材ねえ・・・・この時期佐久で取れる野菜ってねえ???

 確かに料理は好きだけど、長年「早いが取り得」の我が料理、人様に自慢できる料理などありはしないのに。

 すっかりお断りムード。まさか4月になって、「生のふきのとうを刻んで醤油をかけたの」とか「ふきのとうの煮浸し」とか母直伝の「生のふきのとうとくるみのみそあえ」なんて料理の内に入らないのもご披露できないしね(笑)

 それにしてもお断りすることの方が大変そうで・・・・どうしてこう何でも背負い込むんでしょうね。

 はいレシピ先にFAXしました。「春の簡単ちらし寿司」にしました。

 簡単とうたうからには簡単です(笑)

 見る機会があったら見て作ってくださいね・・・・本当に簡単でおいしいよ。
                        依田美恵子

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減らしています・・・物

2013年03月13日 | お片付け
長いこと5月の連休をお片づけデーとしてきたが、昨今はお客様をお迎えする日々となって、この時期には思いきったお片づけをしないできていた。

 気持ちは30代と変わっていないつもりでも、体力はその頃の30%は落ちているに違いない・・・・とこの頃思うのである。

 と言うわけで・・・片付けています。

 食器も何年来使わない物は処分し絶対量を減らしています。スプーンなど使えないようなデザインや使いにくい物もその対象です。

 これからの人生で使いきれる程度にはまだまだ程遠いです。あと100年生きなければ・・・頑張ります。いささか物に執着してがんばるかあー(笑)

 先日年下の友人がお炬燵の布団につまづいて転んだと話してくれました。それって私の年代だったら骨折ものよと笑ったのでしたが・・・・。

 リビングにソファーを置いて、冬になるとお炬燵でごろごろの生活も捨てがたく・・・なんですね。

 思いきってソファーやめたら、と提案しちゃいました。

 収納が欲しいって言いますが、家の中を飾るものが大好きだとか。

 それって若い証拠かな・・・買物大好きだって・・・・ほんと!!

 我が家のキッチンの引出・・・空いていますよ・・・ガラガラ。まあ分散しているって言えば言えるかも。

 午後来社されたお客様の実家のお父様は80歳近いけれど、お買物が趣味だとか。毎日ショッピングセンターのハシゴだそうで・・・・お母様は悲鳴をあげています、とのこと。

 ところで何を買われるのですか、とお聞きしましたら食材が主だだそうで。そりゃあ料理しない人の買物だからねえ。お孫さんに食べさせたいのだそうですって。

 行けば買いますから、当然家の中は物で溢れているようです。

 買物好きは若い人だけではないのだと変なところで納得しました。

 母の形見の衣服も、2年の月日を経て処分できるまでになりました。晩年の母ではなく元気な頃の母の姿が思い浮かべられるようになったせいでしょうか。

 自分で管理できる程度の物がストレスがないみたいです。田舎の家は収納能力が高いのです。

 一つひとつお役目を減らしてきましたから、その関連の紙類の整理も楽しみ(?)
です。増やすのは簡単だけど減らすのが大変なのは体重だけではありません(笑)

                  依田美恵子

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IHの3口は必要か。

2013年03月12日 | 住まいづくり
 IH電磁調理器を選んだ時、やっぱり2口よりも3口あつたほうがいいと思った。今までのお鍋も使えたほうがいいし、土鍋にも対応できるラジエントを3口目にいれた。

 しかしその3口目1度使っただけである。

 IHにしてみて何がいいかと言えば鍋底が汚れない、洗い物が楽なのである。
3口あれば一度に料理ができると思うものであるが、そんなことは稀である。なんとしても下準備の方が間に合わない。

 それに2口の電圧を3つに分けると、1口の電圧が落ちるということもありー、って聞いた事も。

 なぜ止めたかと言えば、ラジエントは熱が発生する仕組だから、当然汚れるのである。

 あればガスからIHに変える人が不安に思わないためにあるだけなのかもしれない。

 鍋は卓上コンロを持ち出せばいいし、鍋自体を変えればすむことでもある。

 3年ほどは残しておいた使えない鍋も、おもいきり処分をした。使えない物をとっておいても意味がないから。

 その昔の冠婚葬祭用の外で煮炊きする鍋類はしっかり保存している。災難はいつ来るか分からないから。


 しばらく前、お蕎麦屋さんの手元を見させていただいたことがあった。
お店ではなく出張していただいたのであるが・・・・お金をいただくのと主婦の料理の違いを感じた。

 実に丁寧なのである。大勢だからどんどんというものではない、まことに手際よく丁寧なのである。行き当たりばったりがない・・・・やっぱりプロなんだあ。

 薬味のネギの薄さも・・・・専用の包丁でそれも度々砥いでいると言う。

 そこに自分の料理との対極の世界をみた。

 3口のコンロなんか必要ないわーと反省の心も芽生えたのである・・・・丁寧に料理することを心がけしょうとも。

依田美恵子

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佐久の先人たち 森泉武重氏

2013年03月08日 | 読書
夕食後お炬燵の上に載っていた「広報佐久」の別冊が目にはいりました。「佐久の先人」として、佐久市にゆかりがある様々な先人たちの紹介文です。2回目の今回18人、第1回目も18人だったという。

 実を言うと1回目は目にもしていない・・・・もったいないことをしたものである。

 18人の生きた年代は1700年代から1900年代まで様々である。その中に私の住む地域のすばらしい先人の名を目にしました。

 森泉武重氏(1903~1988)です。私はこの方に1度だけお会いしたことがありました。10歳の時、この年近在の町村が合併して佐久市ができたのですが、森泉氏はその初代市長に立候補したのでしたが、落選してしまいました。

 その選挙活動の中、我が家に顔を出した森泉氏をおみかけしたのでした。母が「同じ村」と言った言葉が印象を強くしたのかもしれません。夕方それも薄暗くなった頃の出会いでしたからお顔など覚えていませんが。

 母の生家の隣村というを知るのはもっと大きくなってからでした。

 落選してしまいましたから、子供の私としての接点は何もなかったのでしたが、こうして冊子の文章を読んで見ると、我が地域に貢献なされた方だとあらためて知ったのでした。

 「日本一の電化村」と新聞に書かれたのに、とよく父が言っていましたが、1955年に自家水力発電所を完成させたのでした。

 1652年に平尾氏によって作られた平尾用水は、村民は大変な毎年補修作業を強いられてきたのを、1947年村長となった森泉氏は300年来の大仕事となる用水の改良を計画し、さらに農村の振興策としてその水路を使った水力発電所建設の構想を描いたのでした。

 最近こそ太陽光だ水力だのと、民間の発電が当たり前になりましたが、それ以前の電力会社・国の抵抗は並大抵のものではなかったはずです

 多分、私の想像するに作った電気は村民が使える物だと多くの村民は思っていたはずです。だから「日本一の電化村」と書かれたけれど、の言葉が物語っていると思うのです。

 水利権や資金面も大変なことだったのでしょうが、各戸からの勤労奉仕や青年団の無料奉仕、さらに村の中学生までが動員されて村民総動員体制がとられて水路改良は、田植えの時期にまにあったと記されています。

 なんとなくその様子が想像できるのは私の年代だからもしれません。今も毎年4月の日曜日に水路の清掃が行われています。

 発電所ができて間もない頃、私は一人見学にいったことがありました。子供心にも太い導水管が印象的でした。

 2012年この発電所はJAから市に所有が変ったということです。

 もうひとつの事業は「浅間総合病院」の開設です。これも医師会の賛同が得られず難航を極めたといいます。

 理想的な国保総合病院の創設を願い、東大に医師派遣を依頼に革靴を何足もつぶすほど上京を繰り返したといわれています。

 こうした熱意により1955年に東京大学医学部より吉沢国雄院長を迎え、一般病床20床で開院し、今は323床の病院になっています。

 今回の先人たちに「吉沢国雄」氏も載っています。

 またの機会にご案内します。
依田美恵子

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春がきそうな日

2013年03月07日 | 料理
暖かくなりました。太陽の力ってたいしたものです。白い氷状態の雪もあっというまに姿を消しました。残っているのは日陰のみです。

 普段雪の少ない佐久なのですが、今年は別でした。ずっと冷凍保存状態のところへ、時たま朝起きるとうっすらという日がありました。

 でも大丈夫です。これで今度こそ春がくるでしょう!!
と期待まんまんです。

 先日会長のところに送られてきた「焼きいも」があまりに美味しくて、すぐにオーダーを出しました。

 我が家は1本を4人で分けて食べる程度で十分なのですが・・・・幼子たちがとっても喜びそうなので、冷凍庫に15本ストックしました。

 作るだけでは意味がないとばかりに冷凍した材料を使い切る作戦を開始しましたので、多少なりとも隙間ができてきましたからね。会社にある3つの冷凍室を占拠していたのですが、こちらも明け渡しつつあります。

 そう言いつつも、じゃがいもを消費するべく格闘しています。メークインは皮を剥いてカットして生のまま冷凍に、男爵はコロッケにして揚げる寸前にして冷凍です。

 息子ファミリーが来る週末にはこれからの季節には必ず我が自慢のジャンボコロッケが食卓にのぼります(笑)・・・・なんたって数の論理ですもの。

 今度の週末は大根を切干にしたり、さっと茹でて干したりしましょう。

 人参は・・・・千切りしてサラダにしましょうか。根菜の煮物にしましょうか。

 もうすぐ「ふきのとう」や寒さでちじこまっていた「ほうれんそう」がとれるかもしれません・・・・あと半月もすれば・・・・本当の春が待たれます。

 まあ花粉症は別として・・・・私は大丈夫と思っていて手遅れになるんだけど・・・。

 みなさん早めに対処しましょうね。佐久だったらまだ間に合うかもです。

                    依田美恵子

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高校卒業式の保護者代表挨拶・・・感動のスピーチ

2013年03月05日 | 季節のこと

岩村田高校の卒業式の続きです。

 式も終盤に向かいます。在校生の送辞も卒業生の答辞もすばらしいスピーチです。今が旬の人たちの感性は違うわ、と納得です。

 そして保護者代表のご挨拶です。お名前を聞いた時、「うーん、どこかできいた名前」と思ったとたんに思い出しました。

 昨年の文化祭の折、PТAの皆さんが野菜を山ほど積み上げて販売していました。
お義理にでも買わなくちゃあと選んでいました。その時の会話の声でお互いが気がついたのでした。

 「あれれ、お子さんこちらでした?」から始まって、「私は卒業式に保護者代表の挨拶をする役です」と。それはそれはと思っていたのですが、この役目入学式の日に決まってしまうのだそうで・・・・・3年間ずっと頭にあるのは気が重かったことでしょぅね。

 でも考えようによっては、お子さんと共に3年間を濃く過ごされたのではなかったでしょうか。

 ご挨拶が終わった瞬間、来賓席の隣の方が「あの原稿がほしい」とつぶやきました。「本当に欲しいよね」とその隣の方も。

 「私お願いして見ます」となった次第です。
 すばらしいスピーチでした。その中に込められたメッセージが心を打ったのでした。
 このメッセージを多くの子供たちに伝えたいと心から思ったのでした。

 そして強引に原稿をいただき、このブログに掲載させていただくことにしました。

 以下そのご挨拶です。

謝 辞
 
 卒業生の保護者を代表し一言お礼を述べさせていただきます。本日は、我々の子供たちに、このように盛大な卒業式を開いて戴き、誠に有難うございました。卒業生の皆さん、三年間よく頑張りました。心からおめでとうの言葉を贈ります。
 
 校長先生をはじめ、諸先生方のたゆみないご尽力、又、来賓の方々のご厚意なくしては、この日をこうして迎える事は出来ませんでした。何とお礼を申し上げてよいか分かりません。
  
 卒業を迎えるこの日、私達の息子、私達の娘が思い描く未来は、親にしてみれば、もう、手の届かない空の彼方にあります。見上げながら羽づくろいをするもの、翼を広げて羽ばたいてみるもの、まだ生えそろわぬかと首を傾げているものなど、何れも羽の心配や調整に余念がありません。

 飛んだことのない空や、とび込んだことのない水の深さ、怖さ、風を読むこと、共に飛ぶためスピードを落とすことも、飛ぶ前の若鳥たちは、きっと、すでに思い描く力を持っています。

 就職や受験という括りで見えづらくても、卒業生の皆さん、皆さんが高校生活を通じて先生方に戴いたのはおそらく、この思い描く力です。人生の中でその力がやがて実を結び、力を授かった幸せを、いつか思い出すこともあるでしょう。
 
 三年間に、子供たちは多くの友人と出会い、又何人かとの別れを経験しました。言葉にできぬ様々を乗り越えて、とうとう三年間、学びきり、先生方からの、この恩恵を被ることができたのは何と有難いことでしょう。

 卒業生の皆さん、あなた方が生まれてからずっと知らずに受け取ってきた贈り物が三つ有ると思います。一つは今の、思い描くことの自由、そして仲間と分かち合う生活、それと健康。この三つをどうか財産にしてください。

 飛ぶ力を持っているかいないかを悩むのでなく、三つの贈り物に対して、いつも開かれている、そういう心を持っていてください。そうであれば、一人でがんばるときにも一人ではありません。努力にふさわしい結果が出ないときにも、しっかり目を開いて再び歩き出すことができるでしょう。そして、喜びは自分一人のものでなく、人と分かち合えるものになるでしょう。

 長い人生には自由や健康を失うこともあるかもしれません。その時は最後の一つ、仲間の手を離さないでください。あなたの命は、あなた一人のものでは、ありません。
どうか、子供たちの未来に良い出会いが続きますように。 

 最後に、もう一度、心の育つ仕上げの時期を大切に寄り添ってくださった先生方に、心からの感謝と尊敬を捧げます。ありがとうございました。

 平成二十五年三月二日
保護者代表
佐々木 恵理子

 これから旅立とうとする総ての子供たちに、このメッセージが届けばと思います。

 佐々木さん本当にありがとうございました。

 本当に心打つ感動のスピーチでした。

                       依田美恵子

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乾電池を単独で発明したのに、発明者は複数います。

2013年03月04日 | 長野労基のひと口コラム
 乾電池の威力ってすごいなあと思うのはラジオです。ベットに入ってテレビを消すとほぼ同時にラジオをつけます。

 毎日私の睡眠時間と同じ時間働いても、乾電池の交換は年に2回程度でしょうか。

 しばらく前に、捨てるのに困った時期もあったけれどそれもクリアーしました。

 そんな乾電池のひと口話を。

 長野労基3月号からです。

 屋井先蔵(やいせんぞう)さんという方が、学校の試験を5分遅刻したことをきっかけに「連続電気時計」の発明にとりかかり、明治18年にはその発明に係る特許を取っています。

 その後、時計に使用している液体電池が凍結防止など維持に問題があったため、乾電池の開発に着手し、明治21年、24歳のとき乾電池を発明しました。

 そして、4年後のシカゴ万博において出品された地震計に乾電池が使われたことから知れ渡るようになり、軍からの大量発注もあって日露戦争後には「屋井乾電池」という会社を設立して大量生産に乗り出したそうです。

 屋井の乾電池発明は初のことでしたが、特許申請が世に知れ渡った明治25年と遅かったため、その前に特許を取得した、ドイツのカール・ガスナーとデンマークのヘレンセンに後れを取ってしまい、その結果、現在この3人が乾電池の発明者として知られています。

以上引用です。

 すごいことですね。
                          依田美恵子

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卒業式に招待されて。

2013年03月02日 | 季節のこと

あまりのご無沙汰でご心配をおかけいたしました。先週風邪をひいたまま人間ドックを受けました。

 胃カメラ飲みこめるだろうか、と思ったくらい喉が荒れていたのですが、あの麻酔ってたいしたものですね・・・・飲めましたよ。

 風邪に体力と気力をなぎ倒され、いつもより3日少ない月末の事務屋の日々を過ごし、書かないことが日常のペースになってしまいました(笑)

 本当なら1日ぐっすり休めばと思うところなのですが、昼間眠るなんて恐い事絶対にできません。間違いなく眠れない夜になるからです。

 本日は母校の高校の卒業式でした。

 いいですねえ・・・・旅立ちの場に立ち会えるなんて、とっても感動ものです。最後の蛍の光あたりではこみ上げてくるものが一杯でした。

 男子はリクルートスーツ、女子は着物に袴姿がほとんどです。ういういしくて・・・成人式とはまた違った雰囲気の子供から社会人に足を踏み入れる儀式みたいな物を感じました。

 校長先生の枕の言葉は佐久に馴染みの深い佐藤春夫の春を歌った1節が入りました。私にとっても古典となりつつある佐藤春夫です・・・浅間嶺や・・・以下が頭にインプットされませんでした。

 今日を迎えるまでのご両親に感謝の言葉を声に出して・・・・・、と。
 (そしてあの震災のことを忘れないで)日本・東北のために自分にできることがあるか考えたり、現地に行って見て感じて意味を考えて行動してください。

 信頼に足る人物たれの校訓と共に、後藤静香さん詩で結ばれました。

 十里の旅の第一歩
 百里の旅の第一歩
 同じ一歩でも覚悟が違う

 三笠山に登る第一歩
 富士山に登る第一歩
 同じ一歩でも覚悟が違う

 どこまで行く積りか
 どこまで登る積りか
 目標がその日その日を支配する

 しっかりとした目標を持って生きるのと、その日その日を何気なく生きていくのでは違いがでるのも当然ですものね・・・・今になればよく分かるんだけど。

 自分の卒業式の時の式辞覚えている方多くないのが普通かな・・・・。

 卒業生を真横から見ていたのだけど、2時間近い式の中、両の手をこぶしにして膝においたまま姿勢も崩さず凛としている子を見て・・・・すごい・・・と思いました。

 この子が今後をどう生きていくのか見ていたいと思いました。

 親御さんも見てみたい、と。まるでストーカーだわね。

 名前をインプットしたから、10年後20年後どこかで出会えるかもしれない。そんな楽しみももたらした卒業式でした。 
                       依田美恵子

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