院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

数学の証明における「飛躍」の許容範囲

2012-07-15 02:42:27 | 学術
 世の中でもっとも厳密な学問は数学だと言われている。だが、私には腑に落ちないことがある。

 数学の証明で、「YY ゆえに XX 証明終わり」という言い方がある。このYYからXXの間には飛躍がある。この飛躍をなぜわれわれは「なるほど、そうだ」と思えるのだろうか?

 反対に、超人的に知能が高い人がいたとして、証明すべき命題を見ただけで、(証明の途中経過を抜きにして)「なるほど、そうだ」と感じてしまう人がいるかも知れないではないか。

 たとえば、三角形の2辺の和は他の1辺より長い、という命題は、われわれ普通の知能の者でさえ明らかである。(つまり、一見して「なるほど、そうだ」と分かる。)

 でも、中学校では、証明の技法を教えるためか、上の命題をわざわざ証明してみせるのである。

 反対に、プロの数学者が行なう証明は、「ゆえにXX」と言われても、まだ飛躍がありすぎて、われわれには理解できないことが多い。

 どこまでを「まっとうな推論」と呼び、どこからを「飛躍」と呼ぶのか、数学の素人としての私は、分からないのである。

 (数学を学問と思っているから、いけないのだろうか?数学者には、数学は学問と言うより芸術である、という人も少なくない。)