停電の中、なんとかネット接続して書いている。
被災された方々には、お見舞い申し上げます。
3/11午後2:46に発生した「東北地方太平洋沖地震」は当地でも震度6強だった。
会社では、型の棚が倒れたり、機械が倒れたり、ガラス窓が割れたり、書類が散乱して大変なことになったが余震が続いていて危ないので、そのままの状態で急遽帰宅の発令が下った。
帰る途中の道では塀が倒れたり瓦が落ちたりで家に帰るまで心配だったが、見廻ると塀とか家屋の損傷は無かった。
二平、吉本おもちゃドクターからは被害が有ったと連絡が有った。センターに連絡すると停電と片付けで「おもちゃ病院」は中止と連絡が有った。
部屋に有ったスピーカーやチューナーが落ちたが壊れてはいなくて、良かった。
水道は組合のと霞ヶ浦の2系統があり、組合のは止まっていたが霞ヶ浦のは出ていた(これも今日の午後2時頃には止まってしまったが)。
ガスはプロパンボンベなので問題無く使える。
だが、電気は地震直後から止まって、今、書いている時点でも止まったままである。
どうしたかというと、昨夜は300WのDC/ACインバータを引っ張り出し、車のシガーソケットに差し込んで蛍光灯スタンドを点ける。テレビが見たかったのだが、アイドリングの出力だけでは42インチ液晶は負荷オーバーで駄目だった。
情報源はラジオなのだが、これも古い携帯ラジオとオールバンド受信機が役に立った。
照明はHT7750を使ったLEDライトが2台あったのでこれも有効活用出来た。
今日になって、14インチのブラウン管テレビを持ち出して接続したらなんとか起動した。やはり映像による情報になれているせいか、一気に現代の生活に戻った感じになった。
あとはネットワーク接続の番である。
ADSLモデムがDC9Vのアダプタを使用しているので、6V/4Aの鉛蓄電池をサークルで製作した可変DC電源(降圧/昇圧切り替え)に接続して9Vに調整する。
これで動作だが500mA以上消費している。
この後に無線LANルーターが接続されているのだが、これのDC電源も別に用意することが出来ないのでモデムのLAN側からこのネットブックに有線接続して繋がった。
今度はパソコンのバッテリーが容量不足になり、予備バッテリーに交換。何とか40%位残っていたので書いている。
暖房はというとファンヒーターが使えないので、これも納谷にしまっておいた反射式ストーブを引っ張り出して使う。上にやかんを載せておくとお湯が沸かせるので一石二鳥だった。
電気が無くて、不便さを実感したが、これにどうやって対処するかアイデアが出て来るものだ。
半田こてが使えないのが、トラブルシューターとしては痛いところだ。
今度はガス式でも購入しておこう。
同じ筑西市でも旧市内は昨夜から復旧してるし、娘の住んでいるつくば市も電気が止まっていないということなので、このまま夜まで復旧しなければ泊まりにいこうかとも思っている。
但し、信号機が消えていたり渋滞したりしているみたいなので、これも少し心配なところではある。
3/12結局、家でじっとしていたら午後8時半頃、電気が復旧した。1日半の停電だが随分長い感じがしたと共に、電気の有難みを感じた2日間だった。
残る心配は、仙台に住んでいる私の実姉の旦那さんと長男さんと連絡が取れなくなっていることだ。何らかの問題で連絡が取れないだけだと良いのだけど。