いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

サンクス・ギビング、塩瀬さん。-(4)

2009-08-17 21:35:45 | 日記
 財津 和夫。ブルー系の細い縞のシャツに、中は白のTシャツ。 お相手:奥山
敬造

 塩瀬「1972年頃、草野昌一さんから電話があった。今度あたらしくデビュー
する九州のグループがいて、名古屋に行くから聞いてほしい。新田和長さんとやっ
てきた。
 「魔法の黄色い靴」は、当時としてはフォーク時代で、時代に早すぎる曲だった
が、サウンド、詞のセンスに感動して、これは応援しようと、さっそく、そのチュ
ーリップを東海ラジオ第1スタジオに呼んでライブをやった。

 番組に積極的に取り上げて、名古屋の若者はすぐにチューリップを支持した。
 特に、リーダーの財津くんは、5人のなかでオーラがあった。この人は、ビッグ
アーティストになるミュージシャンだと、感じた。
 財津くんと番組をつくろうと、アルバムの中から「人生ゲーム」をタイトルにし
て番組をスタートさせて、今もやっています。ミュージシャンのなかでも、一番長
く付き合っている人です。」

 ラジオで、今までやったことのないディスクジョッキーをやれと言われて。そう
話をするタイプじゃないし、面倒くさいし。番組で、ああ言えばよかったと後悔す
ることたくさんあるけど、塩瀬さん、何にも言わない。
 財津くん、こうしたらいい、とか、ああしたらいい、とか、これまで1度も言わ
なかった。

 塩瀬さんと最初に会った時のこと、はっきり憶えている。こわい人だと思った。
今は、好々爺ですが、眼光するどく、目の前に来て、目と目を合わせないで、あ
れ、これ、それと言ってスタジオに入っていく。
 後に、付き合ってみて、おもしろい、やさしい人だなと思っている。

 財津さんは、他のミュージシャンと違って、1曲目はよく知られた一般的な曲で
はなく、「僕が愛した犬、ドンパ」を選びました。(ギター1本)
 実は、財津さんも愛犬家ですが、塩瀬さんも大変な愛犬家で、数年前にその愛犬
を亡くしています。
 そのこともあって、なのか。とてもレアな、でも思い出深いこの曲を捧げたの
か。
 「青春の影」(キーボード)

 美しい、高音を強調した2曲で、財津音楽のクオリティーの高さを示した。4時
間近く待たされて、コンディションも大変だったでしょう。

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サンクス・ギビング、塩瀬さん。-(3)

2009-08-17 21:03:28 | 日記
 井上 陽水。うすいピンク系の無地のシャツ お相手:宮地佑紀生
 
 塩瀬「1969年秋頃、レコードテスト盤でアンドレカンドレのカンドレマンド
レという曲を聞いて、なんという魅力的な声、これはおもしろいと思って、名古屋
に呼んだ。
 体の大きい、頭はもじゃ、もじゃで、サングラスで顔を隠して、無口な男がやっ
てきた。大学ノートに、自分の作詞した詞をいっぱい書いたのを持っていた。

 1年後に、井上陽水で再デビューした。無名だったので「人生が二度あれば」の
のB面のちょっとハードロック調の「断絶」を深夜放送で積極的にかけた。
 名古屋の人が井上陽水を認めて、その後、「夢の中へ」が名古屋からヒットし
た。最初の出会いの、アンドレカンドレ氏の印象が、未だに心に残っている。」

 綜合司会の天野アナウンサーが当時、東海ラジオのレコード室でよくレコードを
聞いている井上陽水さんを見ました。その当時はよく話してもらった。

 塩瀬さん、今となっては人柄のすばらしい人だと思いますが、最初は、こんなに
相当に、特別にすばらしい人だとは思わなかった。威張らない、偉そうなことを言
わない、相当レベルの高い人だと、この頃わかるようになった。

 宮地「今日は、調子いいよ。」

 松坂屋(デパート)に、ひつまぶし食べに行ったけど大勢が並んでいて、待って
食べる文化なくて、となりの店で食べた。味噌煮込みの世界、九州人なんで、九州
にない文化、最初はわからなくて、この頃は1日に2回食べたこともある。あれは
(麺)、やはり固くないといけない。

 ミッドナイト東海に、たくさん呼んでいただいた。それは塩瀬さんのお陰、名古
屋のみなさんのお陰、心から感謝している。今日は、その気持ちで歌いたい。

 「夢の中で」、「傘がない」(ギター2本、ハーモニカ)

 あたらしくない曲と言っても、300年前とかじゃない。ま、おおざっぱに言え
ば、最近の曲と、言って、「傘がない」が圧巻だった。「~その気持ちで歌いた
い」との井上陽水の言葉どおりの歌だった。

 声はもちろんのこと、歌いだしからの「気迫」、「気持ち」の入れ方が、すごか
った。ホールを圧倒して、歌い終わっても拍手がしばらく鳴りやまなかった。

 井上陽水がステージ去り際、マイクに向かって、「塩瀬さん、ご苦労さんでし
た。イエィッ!」

 

 

 

 

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サンクス・ギビング、塩瀬さん。-(2)

2009-08-17 20:29:22 | 日記
 続いて、伊勢 正三(大分県代表) お相手:兵藤ゆき
 塩瀬「南こうせつを通しての付き合い。あたらしい、かぐや姫を結成した中に伊
勢くんがいて、知った。その後、風でコンビを組んでいた大久保くんが、塩瀬と番
組をつくるため東海ラジオに行くと言ったら、伊勢くんが真面目な顔して、しっか
りやってこいと、きつく言われたと。伊勢くんらしいと思った。」
 「22歳の別れ」、「なごり雪」(ギター2本)

 下田 逸郎。名前は聞いたことがあるけど、よくご存じありません。お相手:奥
山敬造
 塩瀬「下田君が名古屋に来て記者会見で、名古屋に何をしに来たのか聞かれて、
塩瀬に会いに来た。」 ギター2本でバラード3曲。

 続いて、甲斐 よしひろ(福岡県代表)黒のサテンのスーツ、同シャツ。 お相
手:宮地佑紀生
 丁度、名古屋でのキャンペーンに来ていることもあり、甲斐バンド(ギター2本
とボーカル)としてのアコースティックバージョン。
 塩瀬「シンコーミュージックからチューリップに続いて九州からバンドをデビュ
ーさせるのでカセットテープ(バス通り)を送ってきた。丁度、当時、東海ラジオ
に来ていた井上陽水に聞かせたら、ポツンと、この男は大物になりますね。」

 一番最初に、デビュー前に東海ラジオに出た。財津さんがチューリップで同局の
番組に出ていて、遊びに行くことになって、出た。それが塩瀬さんディレクターの
番組だった。
 「ヒーロー」、「ブルーレター」

 ビデオ・レター
 松任谷 由実(コンサート中)「ありがとう、塩瀬さん。荒井由実時代にミッド
ナイト東海、サンディフォークにお世話になって、名古屋でブレークした。」
 笑福亭鶴瓶。

 

 

 

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サンクス・ギビング、塩瀬さん。-(1)

2009-08-17 19:43:06 | 日記
 東海ラジオ開局50周年の今年、同局番組のミッドナイト東海スタッフと番組に
かかわりのあるミュージシャンを招いて愛知県芸術劇場大ホールでトーク&ライヴ
が開催された。

 という名目で、実は、すでに退職された同局の塩瀬元ディレクターの在職中の貢
献に報いるサンクス・ギビングのイベントです。そういう機会にあわせてでいいよ
(多分)という塩瀬さんらしい配慮がみえる。

 ステージ中央に巨大なスクリーンが下げられ、そのまわりを野外イベントでステ
ージを構成する四角柱の鉄骨の柱が組み立てられて、オブジェになっている。
 ステージ左側には、トーク(インタヴュー)用のソファが、右手にライヴ用のマ
イクスタンドがセットされている。

 午後5時を10分程度過ぎて、当時のディスクジョッキー4人がステージにあら
われ紹介のあと、全国からこの日、塩瀬さんのために駆けつけたミュージシャンに
よるトーク&ライヴの開始です。
 スクリーンの映像に、塩瀬さんが登場してミュージシャンとのデビューから現在
までのかかわりについてコメントして、そのミュージシャンがステージに登場して
きます。今日の曲は、すべてアコースティック・バージョンの2曲制。

 松山 千春(北海道代表) お相手:宮地佑紀生
 オープニングは松山千春さん。濃いピンク系の襟ななしシャツ。
塩瀬「最近は、健康状態がよくないと聞いていた。そんな中、名古屋にやって来て
くれて、義理堅いといえば、義理堅い、男だなと思う。」

 塩瀬さんみたいなディレクター、全国に何人かいたけれど、東海ラジオの塩瀬さ
んは群を抜いていた。無口で、威厳がある。
 昨日、セントレア空港に最終便で来た。とんでもない端のスポットに着いて、荷
物をとりにカウンターに行くのに、どれぐらいかかったことか。このまま小牧まで
行くんじゃないかと、びっくりしたぞ。

 久しぶりにここに来ると、アマチュア時代に戻ったような気がしてね。どれだけ
気合入れてきたか。キー局の番組が多いなか、地元の独自の番組(ミッドナイト東
海)をやり通した、名古屋の文化、志を大切に。

 1975年、フォーク音楽祭の北海道予選で落ちた、この曲でと、「旅立ち」。
原曲より、かなりスローテンポで言う通り、しっかり、しっとりと思いを込めて歌
いあげた。(ギター2本)

 楽屋で、陽水が「千春、体、大丈夫か。」といきなりスゴまれてね。エレベータ
が開いたら、わざわざチューリップの財津くんが、麦茶もって待っていてくれて。
これで決めた。俺、チューリップに入ろ。

 武田(STV)さん、塩瀬さんにデビューを後押しされたことを話し、感極まっ
て話す声が震える。
 「長い夜」を、思いを込めて歌った。
 


 
 

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