Mr.トレイルのオーディオ回り道

「音質アップ」を目的として、
システム全体の「基礎的項目の見直し」に、
重点を置いて試行錯誤や実験をしています。

「音質」には録音・再生システム・聴き手が入ってくる

2019年09月18日 | ピュアオーディオ
「音質」を追及していていつも気になるのが「録音」の問題。良い演奏なら録音なんてどうでも良い・・・と云う訳には行かない。古い録音と最新の録音では「音数」があまりにも違いすぎる。

例えば、1950年代の「モノラル録音」。録音の良いものも有るが、当時の録音機材やノウハウ等は「商業化」が始まったばかりの地点である。クラシック音楽では「フルトベングラー」や「ギーゼキング」等が代表アーチストであろう。JAZZでは1950年代のJAZZが本物であろう。

現在の再生システムでそれらを再生するとどうしても音数が足りない。「電気仕掛けの音」で有る事が直ぐ分かる。最新の録音(2000年以降)では「自然な音」にする事が出来るが古い録音では「自然な音」には到底たどり着けない。

現状の再生システムは「最新録音」で評価するのが良い。如何に「目の前で演奏しているかの様な」再生音に出来るか・・・がカギだ。その為には高SN比が欠かせない。「音が透けて」くれなくてはどうにもならない。「ベールを被った音」から「すべてのベールを取り去る」事が必要だ。「見通しの良い音」と私は呼んでいる。

「見通しの良い音」を得るには、機器類のグレードを上げることも必要だが、「ケーブル類」のグレードを上げない事には到達しない。「ベールを被った音」はほぼケーブル類で発生している。

聴き手も「良い音の基準」が理解されていなければならない。どんな装置で聴いても「良い音だ」・・・等と云う事はない。そんな感性では何も始まらないし、始められない。「音質」の本質が理解されていないと同じと思う。音の良し悪しを聴き分ける感性がなければ「見通しの良い音」の理解もないだろう。