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kオジサンの中山道旅日記 その18 民宿 みや から佐久ホテル まで

2018-10-14 23:43:44 | Kオジサンの中山道旅日記 

10月14日(日) 曇時々雨後晴 民宿 みや から佐久ホテル まで

今日は泊りがけの街道歩き、第2日目です。
民宿みやからスタートします。そして、落合橋まで来て、中山道歩きの再開しました。初めは国道142号線を歩き、順調でしたが、長久保の信号で、そのまま国道142号線を歩かなければならないところを国道152号線の方向に行ってしまいました。そして、間違いに気づき修正しました。
長久保宿から笠取峠を目指した時、どの方向に向えば良いのか判らない時が有りました。そんな私の姿を見て、通りがかった男性から向う方角を教えて貰いました。笠取峠の松並木を歩いていて、雨が降り出しました。その雨も、茂田井宿の入口辺りまで来た時には止みました。茂田井宿は芦田宿と望月宿の間にあり、69次の宿場ではなく間(アイ)の宿です。この茂田井宿は映画で「家族はつらいよ」第3作の一場面に登場した場所です。舞台となったのは造り酒屋です。茂田井宿には大沢酒造と武重本家酒造が有りますが、どちらが取り上げられたのか判りませんでしたが、映画の1シーンで登場したのが武重本家酒造で有る事が判りました。
八幡宿の手前でも、また道を間違えました。国道沿いに歩かなければならないのに、県道44号線を歩いてしまいました。そして、脱穀作業をしている人に聞いて八幡宿に向いました。
塩名田宿へ来ると「中山道塩名田宿宿場祭り」が開かれていました。もう、祭りが終わるの時間でした。祭り会場近くには中山道の69宿の幟旗が立っていました。タマタマ訪れた塩名田宿。毎年、10月第2日曜に宿場の祭りを取組んでいる事が判りました。
塩名田宿を過ぎると田圃では脱穀をやっていました。反対側はリンゴ畑で、リンゴがたわわに実っていました。雲に隠れていた浅間山が姿を表し、高架を北陸新幹線の列車が走っていきました。


民宿みや ― 落合橋  ― 四泊一里塚  ― 長久保宿横町  ― 長久保宿竪町 ― 
長久保宿高札場 ― 松尾神社 ― 笠取峠 ― 笠取峠一里塚 ― 笠取峠松並木 ― 
芦田宿入口 ― ふるさと交流館芦田宿 ― 茂田井間(アイ)の宿入口 ― 茂田井宿一里塚
 ― 石割坂 ― 大沢酒造 ― 武重本家酒造 ― 望月宿入口 ― 歴史民俗資料館 ― 
望月トンネル ― 八幡宿本陣跡 ― 御馬寄 ― 中津橋歩道橋 ― 塩名田宿 ― 
塩名田宿本陣跡 ― 駒形坂  ― 駒形神社 ― 平塚一里塚  ― 岩村田宿 ― 佐久ホテル


民宿みやの朝食です。
右側はお握り弁当です。大きなお握りに魚肉ソーセージが付いていました。


民宿みや

(07:18)
民宿みやを出発します。
トラックやバン。
これらの車は工事で滞在している人たちの車です。
今日は日曜日。仕事に出かけないのかも知れません。



落合橋

(07:35)
中山道の落合橋まで歩いてきました。
ここからが中山道歩きです。




国道142号線の歩道を歩きます。
歩道を歩いていますが、横を大型車が轟音をたてて走り去ります。



四泊一里塚

(07:49)
この一里塚。
何と言う名なのか表示していませんが、街道歩きの参考書には四泊一里塚と表示しています。






道を間違えて国道152号線の方角に来てしまいました。
先に見えるのが長久保宿の方角です。
宿場の方角に向かいます。


長久保宿横町

(08:10)
来たところが長久保宿横町です。
直線の道路では有りません。





長久保宿の角です。
矢印で江戸方、京方と現しています。




長久保宿竪町

(08:16)
長久保宿の道。
登り坂になっています。



長久保宿高札場

宿場内の高札場。
芦田宿への荷駄より和田宿への荷駄の運賃が高いのは距離が遠いからでしょう。
こんな所にも面白さが有ります。




街道沿いの消火栓とホース格納箱。
宿場の雰囲気にマッチするよう配慮されています。




(08:32)
松尾神社の所まで来ました。
行く先を確認するため参考書の地図を見ていましたら、軽四トラックで通りがかった男性が向う方向をアドバイスしてくれました。
この先は、「原道」、「原道」へと行けば好いと言いました。
歩いていて、どちらに向えば好いのか心細い時、このように親切にしてもらえたのは嬉しい事でした。
この時浮かんだのが「旅は道連れ、世は情け」と言う言葉です。情けを掛けてもらいました。




草道を登って行きます。




「原道」へと・・・・・・。
指示標識の字を見て、言われた事が判りました。
ここの標識は立っていますが、朽ちて落ちているのも有りました。





歩き易い道。




(09:07)
この辺り、街道の雰囲気が有ります。





原道から国道142号線に出ます。
指示標識が傾いていましたので、直そうとしましたが、支柱の根元が傷んでいました。






国道142号線で、道の両側に設けられた常夜灯です。
左が北側で右が南側にありました。
白い部分。これより長久保宿と表示しています。それに中山道の文字は長野県知事の揮毫に寄るものです。


笠取峠

(09:21)
笠取峠の頂部まで登ってきました。



笠取峠一里塚

国道の反対側に一里塚が有りました。
枝垂桜の根元に石碑が有ります。


笠取峠松並木


(09:55)
笠取峠の松並木の入口です。




松並木を歩きます。
この辺りから、雨がパラパラしだしました。
大きな松の木ですが、切り倒して切株状態になったのも有りました。


芦田宿入口

(10:34)
芦田宿の入口で、ポケットパークのようになっていました。





(10:40)
芦田宿の中を歩きます。
路面が濡れてきました。


ふるさと交流館芦田宿

(10:49)
芦田宿のふるさと交流館です。
館内には中山道に関する解説が有りました。




芦田宿の解説が有りました。
少しピンボケでした。




保科百助のコーナーです。
立科出身の保科百助は教育者として活躍した。
又、鉱物採集に勤めました。


茂田井間(アイ)の宿入口

茂田井宿の入口に来ました。
宿場の散策マップです。



茂田井宿一里塚

(11:19)
茂田井宿の中に一里塚が有りました。
南側に小さな「山」がありました。




茂田井宿の中の道です。



大沢酒造

(11:47)
道順で先に大澤酒造に寄りました。
杉玉が下がっています。




ザックを背負ったお二人にお会いしました。
今日は望月宿から芦田宿までを歩くと話していました。
日本橋からスタートして短い距離を、回を重ねて歩くようにしていると言っていました。
ご夫婦で街道歩きを楽しんでおられる。そんな風に見えました。




大澤酒造の敷地内です。
大澤酒造民俗資料館に入りました。
1階はここへ訪れた著名人のサインがありました。
それに、試飲も出来たようです。
2階には古い文献や生活用具が並んでいました。



こちらはしなの山林美術館です。





しなの山林美術館の内部です。
山林美術館となっていますが、信州の風景画などが展示して有ります。





この角度からのシーンが映画で流れました。



武重本家酒造

(12:10)
武重本家酒造の門です。
こちらも杉玉が下がっています。




(12:49)
茂田井宿と望月宿の間です。
脱穀作業をする大人たち。
その近くで遊ぶ子供達の声が聞こえて来ました。





望月宿の案内マップ。



望月宿入口

(13:00)
望月宿の入口まで来ました。



歴史民俗資料館

(13:19)
佐久市望月商工会館から写した歴史民俗資料館です。
こちらは本陣跡です。





タクシーの待機場所にあった望月宿の案内図です。



望月トンネル

(13:40)
本来の中山道は山を越えるのですが、楽をするためトンネルを抜けました。
このトンネル。旧142号のトンネルですが、新望月トンネルが出来て、車の通行量が減りました。









旧142号線と新しい国道142号線が一緒になりました。
前方の視界が広がっていますが、佐久市方面です。





(13:55)
祝言道祖神。
安曇野で見かける道祖神とは違うタイプです。




百沢東地区に来ました。
国道142号線を歩かなければならないのですが、県道44号線を歩いてしまい、道を間違えました。
雨が降った後です。
浅間山の山頂部は雲に隠れていますが、裾野の姿は見えます。




(14:12)
ご夫婦で脱穀作業に取り組むお二人です。
道を間違えてしまい、お二人に声を掛け、八幡宿に向う方角を確認しました。




八幡宿に入ってきました。





(14:46)
塩名田宿と八幡宿の間です。反対方向から男性が歩いて来ました。
日本橋から街道歩きを重ねていると話しました。
今日は御代田から歩いて来たと言っていました。

この男性。10年前にも日本橋から中山道を歩いたそうです。
そして、再び中山道歩きを始めたのだと話していました。


中津橋歩道橋

御馬寄と塩名田宿の間を千曲川が流れています。
その千曲川に架かる橋が中津橋です。橋の幅が狭く、後から架橋されたのでしょう。
中津橋歩道橋のプレートが付いていました。
前方から女性が歩いてきます。
彼女が「餅」を貰ってと言い、渡されました。





中津橋歩道橋から望む千曲川。



塩名田宿

(15:10)
橋の上までスピーカーからの音が聞こえました。
ビンゴゲームをやっている様子でした。
それで、音がする方へ来ました。
何か、祭りのようでした。

この道。
坂道になっていて、川に向って下って行きます。
塩名田宿宿場祭りの会場でした。




私が来たタイミングは祭りが終わるというタイミングでした。
責任者の人が締めくくりの挨拶しています。

先ほどのオバチャン。
ここで振舞い餅を貰ったので、それを私にくれたのでした。

検索したらこんなサイトにヒットしました。
http://www.sakukankou.jp/event/shionada-shukubamatsuri/
もう、終りの時間なのですが、綱引きなどが行われたようです。

歩道橋を渡ってきて、スピーカーから大きな音が聞こえました。
それで、この会場に来ました。
好奇心を出さなかったら、祭りが有る事を知らずに通過していました。
今は橋が架かっており、簡単に渡れてしまいます。




浅科地区の公民館駐車場に設置して有った塩名田宿の案内板です。
千曲川に舟つなぎ石が描かれています。
中山道を歩いて来て、坂道を下り、千曲川に出ます。
そして、渡船で渡ったのでしょう。

祭り会場に寄らなかったら、渡し舟で往来していた事が判らなかったです。
こう言う発見が面白い。



(15:44)
駒形神社を過ぎて田園地帯を歩いています。
浅間山の山頂は見えませんが、裾野は判ります。
長い高架部分。
北陸新幹線の列車が長野方面に向って行きました。





田園地帯の中を歩いていて、リンゴ畑が芽に入りました。
リンゴが沢山実っています。




(15:55)
佐久市の中佐都地区です。
立派な松が街道らしさを出しています。




S字にカーブした中山道。
街道らしさを感じます。





(16:12)
間も無く中部横断道路の下をくぐると言うところに来て、ご夫婦と擦れ違いました。
大から来たと話していました。
塩名田宿まで行き、佐久平で泊まると言っていました。
奥さんと話していて、民宿みやの話が出ました。
この先。
街道歩きを続け、民宿みやに泊まるのかも知れません。



岩村田宿

(16:56)
岩村田宿に入ってきました。
アーケードのある歩道で、宿場町と言う感じがしません。



佐久ホテル

(17:02)
佐久ホテルに到着しました。
お疲れ様でした。






今日の歩行距離と歩数です。
約10時間の歩行で約30キロ。と言うことは時速3キロの歩行速度です。
普通、歩くのは時速4キロと言われています。
色々のことに興味を示しながら歩いて居ますので、こんな歩行速度です。
早く歩けば、色々と見落としが出てしまいます。

それにしても、良く歩きました。


感想
笠取峠に向っていて、どちらに向って好いのか判らなかった時、地元の人が教えてくれました。ザックを背負った格好の私。そんな私に道を教えてくれた事が嬉しかったです。
雨が降り出すとは予測していませんでした。一時、降られましたが、短時間に上がり、ヤレヤレでした。
茂田井宿の作り酒屋。映画を見た時に、どんな場所だろうと興味を持ちました。その造り酒屋に寄る事が出来て良かったです。

今日の経費
民宿 宿代 7,000円。
ビール 650円
お握り 600円
飲料水 120円
おでん、酒等  1,186円

               合計 9,556円

kオジサンの中山道旅日記  その19
10月15日(月) 晴 佐久ホテルからアパホテル軽井沢荘 まで  へ

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