諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

手長足長と八岐大蛇の共通点。そして猿田彦尊。その6

2016年01月20日 00時04分39秒 | 神道

うーん、もっと話を単純に書きたかったのですが、膨らましし過ぎているようです。何とかしなければと思いながら続きです。

占部氏が猿田彦尊の家系ではないかと思った理由はもう一つあります。占部氏が変な話をし出したのです。

その内容は「私の先祖に松尾某と言う武将がいた。武田家の家臣だった。高天神城の戦いで討ち死にしたが、どんな感じでしたか??」と聞いて来たのです。訳が判りません。

高天神城の戦いは確か1580年代です。武田勝頼と徳川家康が戦ったのです。「討ち死にしたが、どうだったか」なんて聞かれても私が判る訳無いじゃないですか。見ていた訳でもないので。何を言ってるのだろう。もしかしたら私の祖先が殺したと言ってるのか。まさか。

私の家系は知多半島・大浜の長田氏に繋がります。徳川家に仕えています。宗家の永井直勝は当時11歳の筈。戦いには加わっていない筈。

否、まてよ。その父の長田重元・重吉兄弟は出ていたかも。特に重元は織田信長の初戦の相手です。七度退けて領地の知多半島・大浜を守っています。知略と武勇そして仁義は信長を軽く上回ります。もしかしたら高天神城の戦いに出ていたかも。占部氏の先祖である松尾某を討っているのかも。もしかしたら私が長田重元の生まれ代わりで、お前が殺したんだと言ってるのかも。

私は「東北出身なもので高天神城には行った事はありません。全然判りません。どう思って私に聞かれたのでしょう」と返信。そしたら「私なら知っている筈だと思った」と言って来ました。私を霊能力者だと思った様です。そんな訳無いのに。

私は鬼渡神を通しての知識で月読命に付いて質問したのですが、思いの外当たっていたみたいです。だから霊能力者だと思ったみたいです。私が霊能力者だったら今の体たらくな人生送っていないだろうに(泣)。

そして続けて占部氏は言いました。「松尾某は武将兼神職の一族で、全国の松尾神社の建立に尽力した。松尾氏が神職を勤めるから松尾神社である。祭神の大山咋主は占部氏・松尾氏の祖先の神」だと。

大山咋主は大歳神と天知加流美豆姫との子です。10人兄弟です。その中には鬼渡神・阿須波神・波比岐神がいます。大山咋主とは兄弟なのです。

阿須波神は旅立ちの神です。鹿島の地主神であり、塩竃では志波彦神とされてます。塩竃神社の主祭神は塩土老翁だが、元塩竃神社と言ってよい鼻節神社の祭神は猿田彦尊。阿須波神は猿田彦尊の可能性が高いのです。

っと言う事は大山咋主も猿田彦尊とは言いませんが同系の神である。そして手長足長、大山祇神にも繋がっていると思います。

しかも大山祇神も大山咋主も酒の神。そして鼻節神社は昔、コノハナサクヤ姫を祀っていました。コノハナサクヤ姫も酒の女神です。その点からも占部氏は月読命の家系と言うよりも猿田彦尊の家系であると考えます。

そして鼻節神社からコノハナサクヤ姫と猿田彦尊の関連も指摘できる。細い糸かも知れませんが、猿田彦尊、大山咋主、コノハナサクヤ姫、手名稚命みと手長、そして鬼渡神・阿須波神は繋がっていることが判ります。

 

続く。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする