続きです。
秩父では手長を「お手長様」と呼んでいます。東北では妖怪なので手長と呼び捨てですが、秩父では大切にされているみたいです。
ただ秩父のお手長様の祠は神社の境内社として祀られています。祀られている主祭神を給仕する神としてです。猿田彦尊は従者なのでしょうか。
私は毎年10月に友人の神社の神輿渡りに参加しています。提灯持ちです。先頭を歩きます。そして私の直ぐ後ろには天狗のお面を被った猿田彦尊が歩いて続きます。
神輿に乗っているのは天照大神です。つまり神輿渡りは天孫降臨を表しています。猿田彦尊は天照大神の従者となっているのです。
私のブログ友??に壱岐島在住の占部氏がいます。月読本宮長官の家系だそうです。壱岐島は大陸から一大国と呼ばれていた事から、月読命は一大国主。一が取れて大国主であると語っています。
そして壱岐島では占部姓が多く、屋号で呼び合っている。長官の家系の占部氏の屋号は「シバ」のシバは猿田彦尊との事です。
壱岐島には蒙古襲来の時に滅茶苦茶にされた天手長比売神社(主祭神・タク幡千千姫。配神・稚日女尊、コノハナサクヤ姫、豊玉姫、玉依姫)と、天手長男神社(主祭神・天穂日耳尊、天手力男命、アメノウズメ命)が鎮座しています。壱岐島の手長は男女いるみたいです。
上記の祭神が手長なのか、猿田彦尊なのか。
私は全面的に「そうだ」と這いえませんが、肯定出来ると思います。女神の名前も挙がっていますが、猿田彦尊は女神でもあると思うのです。壱岐島では天手長比売として祀っていますので。極論を言いますと瀬織津姫も猿田彦尊だと私は考えています。
その理由は祀られている神々の説明もしなければならないので今回は止めときます。かなり長くなりそうですので。
一点のみ語らせて貰うと大変美しいとされるタク幡千千姫と稚日女尊は織姫です。そして以前書きましたが稚日女尊はスサノオ尊に殺されている。極論を言いますと瀬織津姫と大国主と言われるニギハヤヒ尊は夫婦とは言えないと思うのです。戦略結婚の可能性はありますが、瀬織津姫をニギハヤヒ尊が殺している可能性もある。
当方のブログにコメント頂いている柚子房さんの話では「スサノオ尊=ニギハヤヒ尊」の伝承も残っているそうです。私の前々から鬼渡神を通して考えてきましたが同意見です。記紀からもそう思えてなりません。
壱岐島の手長に話を戻します。占部氏は月読本宮長官の血筋です。そして「シバ」の屋号。シバは猿田彦尊を意味する。これは何を意味するのか。
私は最初、占部氏は月読尊の血筋と考えていました。月読みと占部。どちらも占いの意味合いがあるので。そうすると月読尊は猿田彦尊と同神なのか。それが曖昧でした。
大月姫を殺したスサノオ尊と保食神を殺した月読尊。ストーリーは殆ど同じ。これは「スサノオ尊=月読尊」と言っている様なものです。それに猿田彦尊が被るのか。それはチョット考えられないと思っていたのです。猿田彦尊か月読尊とはどうしても思えません。
私は占部氏は月読尊の血筋ではなくて、猿田彦尊の系統なのだと思います。元々、壱岐島は猿田彦尊の治める国であった。それが月読尊が来襲し占領されてしまった。そして猿田彦神は月読尊の従者。給仕をする神に落とされたと思うのです。
月読命は古代では女神とされています。もしかしたら大月姫、保食神が月読命だった。それが殺されてスサノオ尊や新・月読命が取って代わった可能性は否定出来ませんが。
続く。