諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

次の大河ドラマは細川幽斎を希望する。その7

2016年05月18日 00時19分39秒 | 出版・テレビ・CM・ドラマ・映画

続きです。

細川忠興は徳川に走った。それでも石田三成は細川幽斎を西軍に向かい入れようとします。幽斎の文化人としての力を身に染みて知っていたので。

幽斎の歌道の徒は公家や武家に大勢存在します。大変慕われています。当時は師と言えば主君や親同然です。幽斎が西軍に付いてくれれば団結力が高まる。裏切り者も出にくい。しかも明智光秀の盟友でありながら豊臣秀吉にも好かれていた。恩を受けていた。

幽斎も別な意味で三成以上に清廉な男です。真田信之と信繁兄弟の例もあります。息子の忠興が徳川に走っても、秀吉を裏切る行為はしないと言う目算があった様に思われます。

幽斎も徳川が勝つ事は判っていたと思います。だから忠興が徳川に付く事を許した。幽斎は武将ではない。戦う立場ではない。仮に中立を保った場合、佐竹氏の様に減封される可能性があるが減封それる程の領地もない。それどころか欲がない。だから参戦は考えていなかったと思われます。

しかしながら忠興の長男・忠隆の正室で前田利家の娘でもある千代は、人質になる前に姉の豪姫のいる敵方の宇喜多屋敷に逃れた。これは武家の嫁としては恥ずべき行為。しかも徳川から警戒されている前田家の血筋。徳川に咎められる。それにはどうしたら良いか。

忠興は息子の忠隆に千代との離縁を命じるが忠隆はそれを拒否。それで忠隆は廃嫡されている。それでも疑惑を晴らすには十分ではない。大ピンチです

それで幽斎は死ぬ事を覚悟したと思います。自分の犠牲で息子・忠興の立場、そして孫の忠隆の立場を徳川に認め納得させる。自分の死によって細川家の忠誠を示す為に。

三成は幽斎と歌道で交流がある三刀谷孝和を使者に立て幽斎親子の西軍への参陣を要請。忠興は東軍に付いたとしても細川家は疑われている。真田家の様に東西に別れるレースもある。何としても幽斎を西軍に付けたい。味方にならないのであれば殺さなければならない。西軍の幽斎を慕う者が惑わない為にも。

幽斎の人望は絶大です。使者の三刀谷も幽斎への協力を申し出て、西軍の内情を話します。幽斎はその場で篭城を決意します。

幽斎は忠興に大半の兵を持たせています。手元には500の兵のみ。忠興は丹後に三つの城を持っていたが、幽斎は田辺城のみを残して残りの城を焼き払います。

三成が差し向けた兵は15000。幽斎の兵の30倍。勝てっこないです。普通の神経なら戦わずに降伏します。

しかし幽斎は怯まない。鉄砲・大砲の激しい撃ち合いが始まっても幽斎は死を覚悟している。死ぬ為の戦い。降伏はありえない。

幽斎はたった500の兵で15000の敵兵を翻弄します。幽斎の軍略は真田親子にも引けを取らない。しかし兵力に差がある。三成の兵も焦りだします。こんな小城に15000の兵で攻めているのに中々落ちない。もう躍起となります。更に戦いは激化しました。

 

続く。

 

 

 

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