諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

御鍋を背負う者。アンバサマと永井平九郎。その1

2017年03月23日 12時26分20秒 | 永井平九郎

私、今までも調べながらブログ記事を書いていて、途中で間違いに気が付き方向転換したり、別の記事を書いたりしてます。今回もそうなる可能性が多々あります。かなり難しいのです。こんなこと考えている先達の方がいらっしゃらないので。

私の想像で書くしか有りません。それで最初に謝っておきます。そうなったらスンマセン。

さて、永井平九郎です。どんな人物なのか、はたまた神なのか、詳しくは過去の永井平九郎シリーズを読んで頂きたいのですが、この永井平九郎と良く似ている人物を発見しました。

あっ、その前に上の写真ですが、福島県天栄村に鎮座している御鍋神社です。主祭神は永井平九郎。配神はその両親とされる平将門公と桔梗姫です。二股の瀧は同じ天栄村の田心姫を祀る明神瀧です。瀬織津姫との説も有ります。

さて、ここからが本題です。神社名は御鍋神社のですが、御神体は神社に吊るされているのは御鍋・・・・・・・じゃないですね、これ。どう見ても御釜です。伝承や御伽噺では永井平九郎が何時も背負っていたのは御鍋の筈なのに御釜になっちゃっています。これは変です。神社の名前は御鍋神社なのですから。

これだったら御釜神社と名乗るべきです。因みにこの御釜で永井平九郎の一族が炊事していたとも伝わっています。

それにしても御鍋はどこに行ったのでしょう。不思議です。何で御鍋が御釜に変わってしまったのか。

社前に鳥居の様にそびえる二本のサワラも不思議。何故、こんな風に立っているのかは不明。何か秘密はあると思っていますが判らず。もしかしたら天然の鳥居なのかも。本来の鳥居は二本の樹木なのか。

鳥居は「鳥が居る」。神を鳥と見立てて神社に鎮座している事を示しています。でも御鍋神社の前には鳥居が無い(離れた所にあります)。鳥居が立つべき所にサワラの大木が二本立っている。このサワラが神と何かしら関係があるのか。

これも判らないですねぇー。それとビックリしたのですが、サワラってヒノキの仲間で交配するらしいです。それと杉。この三種の樹木は家を建てる材木として活用されている。

アイヌではシランパカムイが樹木の神、シラッキカムイが家の神なのですが、もしかしたらこの三種の樹木は家の神様が宿る樹木なのかも知れません。

 

続く。

 

 

コメント (2)
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