令和4年11月13日
アジア、膨らむ小麦リスク
食料安全保障に影
【この記事のポイント】
・アジア主要国の小麦消費量急増、主食のコメに近づく
・高温多湿地域は小麦栽培困難 ほぼ全量を輸入の国も
・スリランカなどロシア産に依存 食料安保リスク高く
アジアで小麦の消費が拡大し、食料安全保障上の問題が浮上している。
パンや麺類など食の多様化を背景に消費量は約10年で3割以上拡大。主食のコメに近づいてきた。
小麦がコメと異なるのはアジア域内で自給が難しく輸入依存度が高い点だ。
ロシアやロシアが侵攻したウクライナに頼る国も目立ち、リスクが高まる恐れが出ている。
ロシアの侵攻後、世界輸出の約1割を占めるウクライナ産小麦の出荷が不安定になっている。
いったん停止した黒海経由の輸出は7月に再開で両国が合意した。
しかし10月29日にロシアが合意停止を発表し、その4日後には撤回するなど混乱が続く。
小麦先物はたびたび高騰するなど値動きが激しく、11月中旬に迫る合意の期限が更新されるかも不透明だ。
特に影響が大きいのがアジアだ。
米農務省によると、アジア主要国の2021年の小麦消費量は約3億3700万トンで10年に比べて34%拡大した。
同期間に14%増だったコメを上回る。消費量が大きい中国を除いても1億8900万トンと35%伸びている。
小麦消費量が約10年で2倍になったフィリピン。
1000店舗以上を展開するファストフード店「ジョリビー」の店に入ると、ハンバーガーやスパゲティなど小麦を使うメニューが並んでいた。
同じく2倍に拡大したベトナムでは、米粉を使うフォーだけでなくラーメンを食べる人も増えている。
世界ラーメン協会によると即席麺の消費量は85億6000万食と日本を5割上回る。
小麦消費の拡大はサプライチェーン(供給網)に変化をもたらす。
アジア開発銀行の貿易エコノミスト、ジュール・ヒューゴ氏は「食料供給源が多様化することで、
コメが不作になったときのリスクを緩和する助けになる」とみる。ただこれは輸入が滞らないことが前提だ。
コメとは違って小麦は高温多湿な東南アジアでは生育が難しい地域が多いとされる。
国連のデータによるとマレーシアやベトナム、フィリピン、インドネシアがほぼ全量を輸入に頼る。
マレーシアは20%以上をウクライナから、バングラデシュは15%以上をロシアから輸入している。
ロシアの侵攻を受けて代替先が必要になった各国が期待したのは、中国と並ぶアジアの小麦生産国であるインドだった。
4月にはモディ首相が「世界に穀物を供給できる」と表明したが、インド国内への供給を優先して5月には輸出停止を発表した。
肩すかしの格好になった各国は代替調達先の確保に苦労する。
貿易でロシア包囲網を築く動きは足並みがそろわない。
バングラデシュの現地メディアによると、同国はロシアのウクライナ侵攻後にロシアと約50万トンの小麦輸入を契約し、
10月には5万2500トンが届いたとみられる。
欧米に比べ割安なロシア産小麦に頼る状況が浮かぶ。
小麦の9割近くを輸入に頼る日本も他人事ではない。
各国ではウクライナから調達できない分を米国などから手当てする動きがある。
米国は日本の主要な輸入先で、しわ寄せは日本に及んでいる。
山崎製パンや日清製粉などが値上げに動き消費者に影響が出る。
食料安保に詳しい東京大学の鈴木宣弘教授は「国内での穀物の増産に向けた積極的な支援策を急ぐ必要がある。
海上輸送が滞って輸入が困難になれば、どれだけ防衛費を積み増しても国は守れない」と警鐘を鳴らす。
台湾有事などが勃発すれば懸念は現実となる。
ロシアのウクライナ侵攻で浮かび上がった食料安保リスクへの備えが問われている。
食料安全保障
食料を手に入れる安定的な状況を確保することをさす。
戦争や自然災害といった不測の事態で生産や物流が滞ったり食品価格が高騰したりしたときなど、しばしば脅かされる。
「物理的・経済的にすべての人がいつでも手に入れられる状況」(国連食糧農業機関)でないと食料安保が確保されているとはいえない。
ロシアによるウクライナ侵攻では小麦の供給に支障が出た。
世界の輸出シェアトップはロシアで全体の約2割、ウクライナも約1割を占める。
ロシア侵攻後にウクライナの出荷が一時停止して価格が急騰し、アジアやアフリカなどへの供給が滞る混乱が生じた。
代替調達先となる米国も小麦の作柄の悪化が懸念されている。
日本も小麦をはじめ多くの食料を輸入に依存しており、備えが欠かせない。
農林水産省は2022年度第2次補正予算案で食料安保の強化に1642億円を計上し、海外依存度が高い穀物や肥料の国産化を進める方針だ。
食品物価の高騰に対処するためにも低迷する自給率の底上げが課題になっている。