ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「ラヴクラフト全集」 H・F・ラヴクラフト

2006-07-03 09:27:13 | 
古来より人間は、神を畏れ、神を祭り、神に祈りを奉げてきた。神が人間を創造したと、多くの聖典は語り、数多の伝承は伝える。

されど事実は反対であろう。人間が神を作った。発見したと言い換えてもいい。必要であったとも言える。太古より自然は多くの場合、人間にとって脅威であり、恵みでもあった。なぜ豪雨は作物を流し去り、日照りは作物を枯らすのか?火山はなぜ噴火をして我々を苦しめるのか、地震はなぜ家屋をなぎ唐キのか?

雨が降らなければ作物は育たず、太陽の日差しが作物を育てる。火山の噴火により新たな大地だ出来ることもある。災害は人々をまとめ上げる契機になり、その後には大きな国家が出来ることもある。

人知では計り知れぬ自然の脅威は、いつだって人間を脅かし、そして育んできた。それゆえ尽きせぬ不安が人々を悩ませる。なぜ?どうして?いつ?答えが出ない疑問。

だからこそ、人間は神を必要とした。苦しみから逃れるために、神にすがる事にした。神こそ万能の膏薬であり、無限の英知であり、尽きせぬ慰めでもあった。神は人間にこそ必要だった。

しかし西欧で生まれた近代思想が神を殺した。この世の全ては理性をもって、論理的に解明することが出来ると信じた。これを科学万能主義という。

だからといって、心の奥底に横たわる不安を全て解消できるわけはない。そんな不安がラヴクラフトという希代のホラー作家を生み出した。パルプ・マガジン誌上に特異な存在感を示す作家、それがラヴクラフトでした。

アメリカという国は生誕の経緯からして、非常にキリスト教の影響を受けている。同時に産業革命の影響を強く受け、経済大国として又軍事大国として世界に君臨する。科学の万能を信じつつも、この世には科学が届かない不可知の闇があることが、心の片隅にこびりついて離れない。

それゆえ、ラヴクラフトは神とは別種の怪物を作り出した。それがクトゥルー神話。神がこの世に現れる以前の往古の宇宙から飛来した、正義や悪とは別種の価値体系をもつ怪物たち。

厳密なキリスト教徒の家庭で育ったラヴクラフトが、どのような経緯でこのような怪奇神話を構築するに至ったのか、大変興味深いところです。彼はそのあたりの事情を明らかにすることなく、40代でこの世を去りました。今となっては、残された著作から想像するしかありません。私自身は、このアンチ・キリスト教的価値観から生まれた怪奇小説に強く惹かれています。元キリスト教徒の屈折した思いゆえかもしれませんがね。
コメント (6)
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