ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「哀しい予感」 吉本ばなな

2007-05-01 10:38:27 | 
私はあまり勘のいいほうではないと思う。それなのに、哀しい予感だけは何故かよく当たる。

あれは10年くらい前の、ゴールデンウィーク明けの月曜日だった。一気に集中する電話や、たまっている仕事に追われ、少々疲れ気味で帰宅すると、ポストの中から一通の絵葉書が目に付いた。古くて大きな日本家屋の写真だった。ふと、哀しい予感が胸をよぎった。

絵葉書の差出人は、その前の年に別れた女性だった。いつか二人で行こうと話し合った観光地の写真だった。片隅に控えめな挨拶が、懐かしい字で書かれてあった。私が期待していた文言ではなかったが、やはり懐かしい気持ちにさせられた。連絡をとらなくなって、はや一年近いはず。何故に今、この時節に・・・

彼女と知り合ったのは、まだお互いが税理士試験の受験生であった頃だった。同じクラスだったが、私にとって目の上のタンコブ的存在が彼女であった。タンコブと評するのは失礼に過ぎるくらい綺麗な女性だったが、なにより勉強が出来た。毎月の月例試験や実力判定模試などでは、常に私より1~3点くらい上の得点を取る才女であった。

成績順に名前が呼ばれ、採点された答案用紙が返されるのだが、いつも真っ先に呼ばれるのが彼女であった。実に悔しい。一度だけ、私が先に呼ばれたことがある。残念ながら互いに満点であったので、あいうえお順で先に呼ばれただけだった。翌月の試験では、はっきり差をつけられた。その時の彼女の取り澄ました表情は忘れがたい。あな憎らし。

付き合いだしたのは国家試験が終わってからだ。あまり愛想のよい人ではなく、いつもクールな印象があったが、けっこう熱い想いを抱いていたことに驚いた。女性だから、若いからといって自分の意見を取り入れてくれない大手金融機関を退職しての受験であったようだ。そのせいか、独立志向がとても強かった。

一方、私はといえば20代のほとんどを難病の療養で過ごしたことからの劣等感から、じっくりと実務経験を積むことに重きを置いていた。私の考えでは税理士は、実績を積み重ね、顧客の信頼を得ないと、独立しても経営が成り立たない仕事だと思う。

しかし、独立志向の強い彼女は、税理士会への登録資格をとると、すぐにでも独立したがった。私が一緒に事務所を立ち上げることを強く希望していた。随分と議論したが、結局彼女は一人で独立してしまった。

私は失望もしたし、なりより怒った。失望は彼女の期待に答えられぬ自分のだらしなさに対してだ。一方、怒りは彼女が私の考えや不安を考慮しなかったことに対してだった。

危惧したとおり、やはり十分な顧客を得ることが出来ず、彼女は事務所をたたんだようだった。他県の大手事務所へ再就職したと、人づてに聞いた。私は自分からは連絡しなかった。まだ怒っていたからだ。でも、もし彼女のほうから折れてきたのなら、縁りを戻してもいいとも考えていた。それが微かな望みだと分ってはいたが。

絵葉書は、微かな望みを哀しい予感へと変えた。夜、彼女の部屋へ電話してみると、「この電話は現在使われておりません・・・」との音声案内が淡々と流れた。

独立の誘いを断った私の判断は正しかったと思う。思うが、それでもこのような結末に、心に隙間風が吹く寂しさは拭いきれない。

吉本ばなな女史の文章は、心の襞に微妙なざわめきをひきおこす気がする。そのせいで、あまり積極的に読みたい本ではないのだが、それでもこんな静かな夜には読み返したくなるから不思議だ。本はハッピーエンドだしね。

でも多分、私は飛騨高山へは当分旅行しないと思う。
コメント
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